失章 : "心"は狂いゆく
文化祭から1週間が経過した。
サユリの死は、校内に大きな衝撃を与え、恐怖と悲しみから、半数以上の生徒が学校に来ていない状態が続いている。
それが原因で、大多数のクラスが学級閉鎖をしているのだ。
――カニムシ以降、非日常が発生することは無くなった。
しかし、望団にとっては、あの戦いはまだ続いているのも同然だった。
「リョウ……」
「兄貴……ずっとデバイスをいじくっているよね」
対策拠点室の機械を使って、デバイスを改造しているリョウ。
希望という概念を忘れて、ロボットの様に作業している。
……改造が終わったデバイスを、ミユに渡した。
「ミユ……限界まで攻撃力を上げた。扱いには気をつけろ。ついでに、着用者の生体反応も確認できるようにした」
一見、何も変わっていないように見えるデバイスだが、機能の改造が施されているという。
ミユは、いつもの様に試験的な変身をしようとしたが……
「回復時間が最低一日になっている。試験変身は無駄遣いになってしまう」
「長いね……」
「攻撃力を底上げした分、回復時間が長くなった」
デバイスを見つめながら、話を聞くミユ。
一方で、ミヅカもデバイスを凝視していた訳だが、その思いはまた違うものだった。
「兄貴……欠けてしまった分を……私が…………」
近寄ってそう言った瞬間、リョウが怒鳴った。
「ふざけたことを言うな! お前まで死んでしまったら、俺はどうすればいいんだよ!」
「兄貴……」
「何故、俺の大切な人は殺される!? 姉貴と言い、サユリと言い! お前まで殺されたら、俺の精神が持たないんだよ!」
「それでも、戦う理由があると思う」
「は……?」
そう言って、ミヅカは修理が終わった『X01』のデバイスを手に取った。
「おい! それは……お前が扱える代物ではない!」
「それでも、使わないと」
「攻撃力を底上げしたと言ったよな……こいつは、1番攻撃力を上げている。負荷も非常に大きい。それでも……」
「やらないといけない。兄貴を助けたいから……!」
と、その時。
『非日常警報。非日常警報。八幡西区にて、非日常事案発生。巨大なイノシシが、当地域へと向かっている模様。警戒レベルは、4。皆さんは、至急――――』
「だって。行ってくる」
「おい! 待て! お前では負荷に耐えられないんだぞ!!」
リョウの制止を振り切り、ミヅカが走って拠点室から飛び出して行った。
「リョウ、ミヅカは私が守るから……」
戦闘指揮をリョウに託し、ミユも戦いに出ていった。
「違う……そういうことじゃないんだよ…………」
部屋に一人取り残されたリョウは、壁に沿っていく形で座り込み、放心状態になってしまった。
(俺は…………どれだけ大切な人を失えばいいんだ…………何でだよ………………)
その思考だけが、リョウの脳内を支配していた。
校門。ミヅカとミユは、デバイスを着用している。
「ミヅカ……やるの?」
「うん。やらないとね」
「「2人で……一緒に……!」」
強い決意の元に、2人はボタンを押した。
「「Go……RisingStreet……!」」
例の掛け声と共に、勢いよくレバーを倒した。
銀と青。その色の帯が、西へと向かっていった。
ミヅカとミユは、北附から西へ3km程にある、黒崎駅前に来た。北九州の副都心である黒崎。ビルやマンションも多く存在する。
そんな黒崎駅前の道路を、巨大なイノシシが駆けて行く。
「来るよ……」
「ここでやらないと……意味が無いッ!」
ミヅカは、鋼でグローブを作り上げ、それを着用した。
「殴り飛ばしたいから、銃でアレを弱らせて!」
「へーい」
両腕のデバイスに、二丁の銃のコードを、それぞれに付ける。
「攻撃力が上がった……って、どれぐらいかな?」
ミユが両方の銃の引き金を引いた。
その瞬間、凄まじい轟音と共に、土埃が舞い上がった。車も飛んできた。
その全ては、銃口の先にあった。
「え……道路が……」
「うっそでしょ……?」
大きく抉れた道路。吹き出す下水道の水。燃え上がる車。そして、前足を吹き飛ばされたイノシシ。
――――銃撃だけで、ここまでの被害が出てしまった。
確かに、攻撃力は上がった。
……いや、上がりすぎた。
街を壊してまで戦うことを、ミユ達は望んでいない。
「え、えぇ!? どうするの……?」
「とにかく、殴り潰す!」
ミヅカが、レバーを倒した。
「力が漲る……行けるッ!」
重々しい足音を立てながら、ミヅカはイノシシに向かって走り出す。
「メタルバスターァァァァァ!」
勢いと力に任せて、ミヅカがその拳を前に突き出した。
――――一瞬だけ、強い風が過ぎ去った。
ポロッ……と、土壌が崩れるような音。
プシャー……と、噴き出す下水道の水の音。
バチバチ……と、車が燃える音。
再び舞い上がった土埃が薄れていき、次第に見えてきたその光景は、なんとも受け入れ難い光景だった。
「そんな……私たちが……」
「強……すぎる…………」
ポロッと崩れる音は、建物が崩れる音。
プシャーと噴き上げる音は、トイレの水道から噴き上げる水の音。
バチバチと燃える音は、建物が燃える音。
つまり、黒崎駅前は…………
壊滅した。
イノシシは、原型を留めないほどに損壊している訳だが、それでいいのかと言うと、絶対に違う。
……街を壊した。
……街を殺した。
……街を消した。
強くなっていく罪悪感に、2人は呑み込まれていった。
(これじゃあ……私たちの存在が"非日常"だよ……)
ミユは、足を震わせながらそう考えた。
ミヅカは――――
「何で……何で……何で…………」
何で。その言葉を延々と繰り返し続けていた。
彼女の中にあった"心"は、狂っていった。
さらに……
「うっ……ミ……ユ…………苦しぃ………………」
腹部を抑えるミヅカ。
負荷が原因だと思って、変身を解除したその瞬間。
「あ"ぁ"ッ……ゲホッゲホッ…………こほっ………………」
ミヅカが、紅を吐いた。
それは、道路の白線を紅く染める。
「ミヅカ!?」
「ミ……ユ…………ぁにきの…………ゃくに…………たててぇ……………………」
ミヅカは、その呼び掛けに、溺れそうな声で答えた。
――――そして、紅の中に倒れた。
対策拠点室。
機械のモニターに、デバイスの位置情報などが表示されているのだが……
「ミヅカ……まさか…………」
デバイスから送られた『X01』の生体反応には、『Lost』と、表示されていた。




