喪章 : "最期"までの約束
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本気で言ってます!
ネタバレになりかねないので!!
その触肢は、サユリの体を貫いた。
触肢が刺さったままの2つの穴から、血が滴り落ち、腸が飛び出している。
サユリは動かない。自ら腕を動かさず、吹く風で腕が揺れる。首の力も抜け、操り人形の様な状態になっている。
カニムシは、その触肢を引き抜いた。血が噴き出し、腸も3割ほど体外に飛び出た。そして、捨てられたよう様に倒れた。
「嘘だ…………」
白地に赤い帯の戦闘服を着用したリョウは、目の前で繰り広げられる絶望に、言葉を失っていた。思考も止まっていた。
対策拠点室では、その状況が伝わっていなかった。リョウの通信機能は損傷し、タクミは校舎まで飛ばされ、そして……
「位置情報が消えたよ!? 何がどうなってるの!?」
『X01』の位置情報が途切れてしまった。それは、サユリのデバイスの番号である。
「ミヅカ……救急呼んで!」
「うん!」
慌てて自分の携帯電話で通報するミヅカ。
(兄貴……まさか……会長が…………!?)
通報した時、ミヅカの口は震えていた。
「何が……起きてるの?」
ミユは、何をどうすればいいのか分からなかった。手も足も出ない。動けない。そんな状態だった。
救助要請を出したタクミ。校舎から運動場へと向かったのだが、そこで見た光景は……
(何だ……これ……)
運動場の中央にあるその光景は、サユリが捨てられて、リョウも動けず、カニムシだけが元気に動き回っているものだった。
「クソがァァァァァァァッッッ!!」
タクミは、敷地中に響き渡った叫びと共に、刀の刃先を向けて、カニムシへと突撃していった。カニムシの硬い甲は、やはりその刃を受け付けない。
「絶対に許さねぇッ! 」
タクミは、怒りにとらわれながらレバーを引いた。
「跡形もなく斬り倒してやるッッッ!」
構えた刀には、絵に描いたような電流が流れており、重々しい電流の音が運動場に響き渡る。
カニムシは激昂し、タクミの方へと襲いかかる。
それにも動じず、電流が限界まで溜まりきって、カニムシが限界まで近付いた時、タクミは力任せに、勢いを付けて、刀でカニムシを正面から刺した。勢いで運動場の端に辿り着いた時、
「くたばれ……」
刀に凄まじい電圧をかけて、カニムシを爆殺した。
それによって、周囲が電流によって焼け落ちる。刀の先端が向けられた先は、1km程大地が切り裂かれていた。
それは、タクミの怒りと混乱を示していた。
「会長!?」
「何があったんだ!?」
タツヤとハヤトが到着した時には、既に戦闘は終了していた。
その運動場には、サユリの紅い体液が飛散していた。
背中への肉体的な衝撃と、脳内への精神的な衝撃で動けなくなったリョウの横に座り込むハヤト。
「リョウ……俺が助けになるかは分からないが……相談に乗ってやる」
それを聞いたリョウは、即座にこう答えた。
「生き返らせてくれ……。1秒だけでもいいから、想いを伝えたい…………」
投げつけられた無理難題に、ハヤトはどうすればいいか分からなくなった。
と、その時。
「――ゥくん……」
『ッ!?』
僅かに聞こえたその声。
僅かに聞こえた、優しい声。
僅かに聞こえた、丁寧で、優しい声。
「今のは……サユリ……なのか?」
「はい……」
サユリが、風に消されそうな声音で、リョウの質問に答えた。
「サユリ……目を覚ましたのなら……死なないでくれ…………」
「どうです……かね…………」
「救急車の音が聞こえるだろ? せめて、あと30分は耐えてくれ……」
「…………厳し……いです……」
その言葉を聞いて、全てを察したリョウは、いつもの声で、サユリに話しかける。
「――――お前……痛くないの……か…………?」
「痛いだなんて……言える程の余裕は……ないですよ…………」
「そうか……。俺の、お前への思いを……聞きやがってくれないか?」
「いいで……すよ……?」
リョウは、いつもの口調よりも、少し優しめでその思いを伝えた。
初めてサユリと出会った時、いきなり威圧をかけられて、それはとてもお前が恐ろしく思えた。
だが、そんなサユリと共に戦っていく内に、『信頼』というものが頭の中を過った。
その二文字を脳内に浮かべられたのは、約12年ぶりのことだった。
だから俺は、「こいつとなら、一緒に戦える」と思った。
ある日、俺はお前に告白された。
普段の俺ならば、そこで拒否しているのだが、その時の俺はそのまま受け入れた。
『ミヅカにだけ、本当の俺を見せる』。それについては自覚していた。
でも、誰もそのことに気付かなかった。それもあって、俺は人を信じることを捨てたのだ。
だが、お前はそれに気付いていた。そんなサユリだったから、お前に対する『信頼』という言葉を確信した。
だから、あの時俺は、「一緒にいたい」と言った。
だから、あの時俺は、キスをした。
だから、あの時俺は、お前と付き合うことにした。
そうして時は過ぎていき、さっきのステージの上での宣言。
それで、俺の脳内に『結婚』という言葉が浮かんできた。
皿倉山での約束の時、結婚について言うつもりだった……。
だけど……だけど………………
涙を流すのを堪えていたのだが、耐えきれなくなり、目から涙が滝のように溢れていく。
そして、言葉を発することが出来なくなった。
「リョウ……くん…………『笑っていろ』……って約束……でした……よね?」
「っ……!」
それは、昨日の話の中にあった。『最後まで笑顔でいろ』という約束だった。
「ですから……私は……最期まで笑いますよ…………」
「その『最期』じゃないんだよ……文化祭が終わることなんだよ…………」
砂の上に溜まるサユリの血液に、リョウの涙が重なる。
その会話は、ハヤトのデバイスのマイクが拾っていた。
それを経由し、対策拠点室の機械にも伝わってくる。
それで初めて、待機しているミユ達がサユリの状況を知った。
「サユリちゃん……何で……」
「ミユ…………」
「どうしようも……無いの?」
「救助を諦めてるように思えるね……もう…………」
ここでもまた、重苦しい空気が、4人を支配していた。
タクミとタツヤが話し合う。
「俺が……吹っ飛ばされたばかりに……!」
「そんなことないよ。過ぎたことは……もう…………」
「クソッ!」
タクミは、砂の地面に拳をぶつけさせた。
やや窪んでいることから、その怒りの度合いが分かる。
止まったような時間を過ごす望団。サユリの血は止まらない。
止血しようにも、不可能である。
脱腸しており、服で血を止めようにも止められないからだ。
「サユリ……もう少しで救急が来るから……だから……!」
「そうですか…………ですけど………………どんどん遠くに行く感じがして……………………」
サユリの瞼が、少しずつ閉じていく。
「馬鹿を言うな! 目を閉じるな! 生きてくれ! 生きて俺と…………俺と…………!」
「一緒になりたかった…………です。なりたかった……………………けど……………………運命はそれを…………………………」
「何が……運命だ…………」
涙の量は時間とともに増加し、それに比例するように、砂に溜まる血も増えていく。
「もう…………喋るのも…………キツいです……………………」
「待ってくれ……待って…………」
「ただ………………言いたいことがあるんです……………………」
「何だよ……言ってみろよ…………」
「幸せな……家庭…………築きた………………い……………………です…………………………」
「なら築けば…………おい、サユリ? おい? サユリ!? おい!! 返事しろよ!!! 口だけでもいいから動かせよ!!!!」
リョウは、動かない自分の身体を無理やり動かして、サユリの顔を軽く叩いた。
でも、何も反応しなかった。
リョウは、サユリの手首を掴んだ。
でも、何も反応しなかった。
リョウは、サユリの胸に手を当てた。
…………でも、何も反応しなかった。
――――校舎の時計が示す時間は、17時10分。
夕日が運動場を照らす中、1つの"歴史"が終わった。
"サユリの歴史"が。
その顔は、『最後まで笑って』いた。
『最期まで』…………。