1年生12月:生誕祭(8)
「‥‥‥。」
ぎゅむっと爪先でエリオスの靴を踏みつけるとようやく唇を離してくれたけど。
周りの視線が刺さりまくっていたたまれない。
楽団の音楽がフィナーレを奏で、ラストダンスが終わる。
「こんな人前で‥この後どうするつもりです!」
「怒るのそこですか?」
「普通怒るでしょう?」
「‥でもヒールでは踏まない。」
エリオスは相変わらずすました笑顔で上を指差す。
「もっと派手なことがあるから大丈夫ですよ。」
すっと会場の照明が暗くなる。
「なんですか?」
わたしは無意識にエリオスの袖を掴んでいた。
講堂の天井がゆっくりと開き、一面の星空が広がる。
講堂の四隅からスポットライトが照らされて。
「さあみんな、今年の素晴らしい日々に感謝を!」
空に浮かぶ学園長が、オーバーに両腕を広げた。
純白のスーツが照明で七色に輝き、楽団がファンファーレを鳴らす。
ドンドンドンドン!
夜空に次々と花火が打ち上げられ、学園長のバックに色とりどりなダリアの花が咲き乱れる。
「ありがとうダリアの子供たち! よいお年を!」
学園長の挨拶に合わせて、最後にひときわ大きなダリアの花火が咲き誇った。
(綺麗‥。)
花火、最後に見たのはいつだっただろう。
夏合宿?
それとも夏祭り?
「アリス?」
『ここからも見えるんだよ。君には特別に教えてあげる。』
夏祭りには行けないけれど、花火はいつも楽しみにしていた。
一緒に見れてすごく嬉しかったのに。
「『光学迷彩』。」
遠野亜里朱は、誰を想っていた?
「『飛行』。」
アリス・トーノは、誰を守っていた?
「『解錠。』」
アリス・エアル・マーカーは、誰を?
わたしは、誰と花火を見た?
「アリス、着きましたよ。」
温かなタオルでそうっと顔を拭われた。
丁寧に目元を拭き取り、それから顔全体を撫でていく。
‥気持ちいい‥。
「靴を‥失礼しますね。」
足首が軽くなる。
なんだろう、この安心感‥。
思い出せないもどかしさ。
すぐ側にあるこの温もりに身を預けてしまえたら。
‥このまま、記憶の海に沈んでしまいたい‥。
「寝落ちって‥。」
女子寮のアリスの部屋。
エリオスはなんとも言いがたい気持ちを飲み込んで、アリスをベッドに横たえる。
「意識されてない、わけじゃないだろうけど。」
花火を見たときから彼女の意識が飛んでしまったようだった。
声を出さず、どこか一点を見つめるブルーグレーの瞳から、ただただ涙が流れ続ける。
壊れた人形のようだった。
(泣くのは初めて見たな。)
対抗戦で首を締められたときも果敢に反撃していた。
自分が助かった後も、元凶のキャサリン・アーチャーを助けようと必死になって。
ぼろぼろなのにアーチャー会長にくってかかって、結局、全員を助けてしまった。
寮は空調管理が行き届いているから部屋は常に適温だ。
エリオスはアリスのワンピースを脱がして下着を緩め、髪をほどいてアクセサリーも外す。
薄い毛布をかけてから、ワンピースをハンガーに吊るした。
それから手近な椅子に座って、眠っているアリスを見つめる。
「普通の、地味な子にしか見えないのにな。」
対抗戦のとき、自分はここまでと思った。
魔人や魔物を外に出すわけにはいかず、かといって結界の中の一酸化炭素濃度は待ってくれない。
どうせこの世界はボーナスステージ。
玉砕したとしても未練はない。
(なんでキスしたんだろう‥。)
自分から女の子に近づいたことはない。
近づかなくてもいくらでも寄ってくるし、公爵家の長男がうっかり恋人をつくるわけにもいかない。
学園を卒業する頃には、親が婚約者を決めるだろう。
みなが望む『エリオス・J・ウォール』でいい。
ずっとずっと、そうやって生きてきた。
今夜のことは、さすがに親の耳に入るだろう。
「‥まあいいか。」
明日で寮も閉鎖されて冬休みになる。
実家に帰ってから考えよう。
エリオスはポケットから小さな紙包みを取り出すと、アリスの机に置いた。
可愛くラッピングしたリボンに差し込んだ『Happy Birthday』のカード。
アピールされてないのにプレゼントを準備したのは初めてだ。
そもそも自分でアリスの誕生日を調べたわけだけど。
何を贈るか迷って、やっぱり身につけてほしくてピアスを選んだ。
「お誕生日おめでとう、アリス。」
部屋の隅の灯りだけ残して消灯する。
時刻は7時すぎになっていた。
ほとんどの生徒は寮に戻っているだろう。
そろそろ戻らないと探されてしまう。
「『飛行』」
エリオスは窓から外に出ると、きっちり窓を閉めてから『施錠』の魔法をかける。
そのまま地面に降りて靴を履き、2年生の寮に歩いて戻った。




