1年生12月:生誕祭(7)
ツリーの周りで寄り添う恋人たち。
イルミネーションから伸びる長い影がわたしを不安にさせる。
‥寮に帰ろう。
パーティーはあと30分くらい。
このまま1人で抜け出しても問題ない。
気が緩んだからか、腕からクラッチバッグが滑り落ちた。
衝撃で口金が開いてしまい、ハンカチや化粧品が転がりでてしまった。
(あっ‥、)
拾おうとしゃがんだら、口紅が転がっていってしまっている。
(どこ‥?)
足元はそれなりに暗くて探しにくい。
しゃがんだままキョロキョロしていると、顔の前に無言で口紅が差し出された。
「ありがとうございます。」
受け取ってもまだ無言で手が差し出されている。
顔を上げると、手を差し出しているのはファンさんだった。
無愛想に『ん』と手を揺らす。
(掴めってこと?)
迷いながら掴むと、ぐっと引っ張って立ち上がらせてくれた。
「すみません‥。」
「ウォールには黙っておくから気にするな。」
なぜここでエリオスの名前?
「それより一人で外をうろつかないでほしい。」
ファンさんがつないだ手をそのままに講堂の方へ歩きだしたから、わたしも引っ張られてしまった。
「あの、どちらへ?」
「手が冷たい。どれくらい外に?」
「10分くらいでしょうか‥。」
「じゃあ10分、俺にくれ。」
ファンさんはパーティー会場に入ると、素早く空いているテーブルを見つけて座ってしまった。
「学園長は人使いが荒い。」
ドリンクメニューをわたしに差し出す。
「生誕祭に仕事だけは侘しい。」
「それは‥そうですね。」
わたしも座って、シナモンティーをお願いした。
「わたしでよければお付き合いします。」
シナモンが冷えた体を温めてくれる。
「学園長のボディガードはいいんですか?」
ファンさんの前にも同じシナモンティーとビスケットの籠が置かれた。
「今はだれか偉い人と会ってる。」
ファンさんはビスケットを1枚、2枚、3枚‥サクサク食べていく。
「ビスケット、お好きなんです?」
「ああ。」
無造作に答えたあと、ファンの手が止まった。
「どうしました?」
「いや‥。」
籠がわたしの方に押し出される。
「食べるか?」
「ありがとうございます。1枚いただきますね。」
口の中にふわっとバターの香りが広がる。
「美味しい!」
「ウォールが学園長のコネを駆使してた。」
「そうですか、凄いですね。」
「それだけか?」
しばらく会話が途絶えた。
ファンさんは会場で踊る生徒たちを眺めている。
「‥平和だな。」
カチャン、とカップを置いたファンさんの表情は満足げだった。
「ファンくん、学園長が呼んでるからよろしくー。」
ハンス先生がひらひらと手を振りながら近づいてくる。
チッと舌打ちが聞こえた。
「‥すぐ行く。」
「いってらっしゃーい。」
ファンさんが立ち上がった席にハンス先生が座る。
ハンス先生もフォーマルなスーツを着ているけど、雰囲気はいつもと一緒だ。
「マーカーくん、楽しんでる?」
‥楽しい?
ここまでの生誕祭を思い返すと。
ベリアルと踊って、学園長と食事して、ディックにキスされて、ファンさんとお茶して。
めずらしくフラグが立ちすぎてる‥!
あれこれありすぎて、もうどう判断したらいいの!?
「なんで急に顔を隠すの?」
「‥今日はいろいろありすぎて余裕ありません‥。」
「そうだね、心に余裕がないと楽しめないよねー。」
ハンス先生はわたしの頭をくしゃっと撫でた。
「人は余裕ないときに本心が出るから、覚えておくといいよ。」
「みなさま、生誕祭もとうとう最後の曲になりました。」
楽団の音楽が止まり、ダンスエリアがオレンジの照明で満たされる。
「ラストダンスは『ダリアの歌』。このダンスで踊った恋人たちには聖女ダリアの祝福が訪れる‥みなさまご存じの曲です。」
「マーカーくんは踊らないの?」
「え、ラストで踊る相手なんていませんよ。」
「そんなこと言わないで踊ってあげなよ。」
ハンス先生の視線を追うけど誰もいない。
「失礼。」
背中と膝裏に手が添えられたのを感じる間もなく、横抱きに身体が浮いた。
「えっ!?」
誰かの体温を感じるけど、誰も見えない。
ハンス先生は変わらずニヤニヤしている。
ダンスエリアの照明に入ったあたりで、女子生徒の悲鳴が始まった。
「きゃあ、何よあれー!」
「うそ、やめてー!」
「ウォールさまー!」
『光学迷彩』
そうだ、エリオスが使っていた透明化の魔法。
何組ものカップルがわたしたちのために道をあける。
よりによってエリアの真ん中まで。
「踊っていただけますか?」
そっと降ろされて、そのままわたしの手をとっているのはもちろん。
「貴女が睨んでも可愛いだけですよ?」
エリオス・J・ウォール生徒会長。
王子様の微笑みをわたしは見返すことができない。
‥どうしても腰に回された手を意識してしまう。
音楽が流れて、ダンスが始まった。
「こんな誘い方‥。」
「どうしても貴女と踊りたくて。」
耳元で囁かれ、おまけにちゅっ、と耳にキス。
「そんな真っ赤になって、嬉しいですね。」
恥ずかしさに叫びたいけど、これだけ注目されていたらにこやかに踊り続けるしかない。
「いつもエリオス先輩はズルいです。」
「そうですか?」
「だってわたしが逃げられないようにして‥。」
「それは心外です。」
エリオスのリードでターンすると、ふわりふわりとスカートが広がる。
「貴女に逃げる気がないからでしょう?」
じっと見つめられて、恥ずかしくなってぷいと横に顔を背けてしまう。
「ちゃんと見て、アリス。」
腰に回された手が外れ、わたしのあごに指が添えられる。
くいっと顔をエリオスに寄せられて。
「「「やめてー!!」」」
わたしたちのキスに、会場中の女子生徒たちの悲鳴が飛び交った。




