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1年生4月:入学式後(3)

しばらくベンチでぼーっとしていた。

春の穏やかな陽光、風で若葉がさわさわと揺れ、通りすぎる学生たちはみんな楽しそうで、世界が希望に溢れているみたいな。


憧れのダリア魔法学園高等部。

クラスメイトたちは皆、入学を誇りに思っているのだろう。

それぞれの夢を胸に、明日からの授業を受けるのだろう。


前世では中高一貫のスポーツ強豪校、中学からの仲間とインターハイを目指して稽古に明け暮れる毎日。

インターハイ優勝の夢を叶えて、スポーツ推薦をもらって、女子大生になったら合コンに行ってみたいななんて。


うまく考えがまとまらず、つい癖で右手を閉じたり開いたりを繰り返していた。

友達に『なんか怖いからその手やめて』と言われたことがある。

腕に気を通すような感じで集中すると、魔力が右手に溜まっていくのがわかる。


『魔力』

わたしの身体の中から溢れてくる、気合いのような、なんだかぼわっとした力。

そこに在ることはわかるのだけど、使い方がわからない。


この魔力を手から撃ちだしたらどうなるんだろう。

漫画の◯◯波みたいに、敵を倒したりできないのかな。


ベンチに座ったまま右拳を腰あたりに引いて構えて、シュッと軽く正拳突きをしようとー。


「ここだと目立つよ。」

背後から誰かに腕をつかまれ、拳を止められた。

「アリス、油断してない?」

右耳に息がかかる、ベンチの背もたれごしにのしかかられるような態勢。


「!!!」

体を後ろに捻りながら立ち上がるけど、右腕が振りほどけない。


「ベリアル、手を放していただけないかしら?」

「アリスなら力づくでできると思うけど。」

ニヤリと何か企むような笑顔‥思ったより顔が近いから!


「ここだと目立ってしまうのでしょう?」

ベリアルはチラリと周囲に目を向け、向こうから図書館へ歩いてくる生徒たちを認めると手を離した。

「いつかアリスには手合わせをお願いしたいな。」

「わたしは治癒魔法しか使えませんので、どうして貴方がそう思われるのかわかりませんわ。」


(‥まだその治癒魔法も使えないけどね‥。)


心の呟きが悲しい。

ベリアルはわりと強く掴んでいたようで、右腕が軽く痺れてしまって魔力も散らばってしまった。

「ごめん、痛かった?」

「痛いほどでは‥お昼ご飯は済ませました?」

「今中等部の食堂まで行ってきたとこ。ちょうど桜が咲いてて綺麗だったよ。」

「桜?!」

よく見ればベリアルの髪や肩にピンクの花びらが貼りついている。


「桜があるの?!」


「ん? 中等部と高等部をつなぐ道に植えてあって、桜のトンネルみたいになってるよ。好きなの?」


「大好き!」


っと、口調が崩れてしまった。

トンと足を揃えて姿勢を正す。


「教えてくださってありがとうございます。図書委員のお仕事、頑張ってくださいませ。」

「…それ、いつまで続けるの?」

わたしの令嬢ぶりっこに苦笑しながら、じゃあね、と片手を上げるとベリアルは図書館へ入っていった。


高等部校舎から中等部校舎へつながる小路は、広めの幅いっぱいに色とりどりのレンガが敷き詰められ歩きやすく整備されている。

その両脇に植えられた桜並木はまさに満開だった。


「素敵…!」


村の河川敷にもたくさん桜があって、この時期は母とお花見をした。

王国に『お花見』という習慣はない。

わたしと母だけの楽しみだった。


『ほんとうにアリスは桜が好きね。』

シートを敷いて、母と並んで食べるおにぎりがとても美味しかった。


ゆっくり眺めていたいけど、通る学生や自転車がそれなりにいて、立ち止まるのは恥ずかしい。

わたしは小路から外れて、森の方へ入ってみることにした。

高等部と中等部を隔てるように小規模な森がある。

動物が放し飼いになっていると緑化委員で注意があったところだ。

なんとなく踏み分けられたところを歩いていくと、小さな池が現れた。


池の周りには木の柵が張られていて、張り出した大きな木の根元に木製のベンチがあった。

池の水はとても綺麗で、水草の中を魚の影がすいすいと動いている。

学園の中だけど、ポツンと切り取られたような、静かな空間。


ベンチに腰掛け、背もたれによりかかって目を閉じる。

「ママに会いたいな…。」


子爵邸に移ってから、一度も母に会えていない。

離れにいると聞いていたけれど、結局会わせてもらえないまま王都に連れてこられてしまった。


「今年の桜、見れたかな…。」

ここは静かで、水の音と、樹の匂いが体に沁み込んでくる。


(この樹‥。)

多分桜だと思うんだけど、立派な太い幹から伸びる枝には全然花が咲いていない。

「病気?」

立ち上がり右手で幹を触る。

「魔法が使えたら、こういうのも治してあげられるかな?」

花咲か爺さんだったっけ。


「枯ーれ木に花を、咲かせましょー、って。」


童謡だったか、昔話だったか。

口ずさむと、一瞬右手が熱くなった。

ぶわっと発生した熱が樹に吸い込まれたとたん。


淡い光が幹から枝の隅々まで走り抜け、ポン、ポンと蕾が膨らみ、あっという間に桜が満開になった!


―治癒魔法レベル5『蘇生リザシエイション』の発動を確認、レベルが1から5へ上がりましたー


頭の中に、誰かの声が聞こえた。 


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