1年生11月:Wデート?
木曜日の夕方、日が沈みかけて街灯が光りはじめた大通り。
散ったイチョウの葉が赤い歩道を覆い隠す秋の終わり、可愛いカフェの奥の席で。
「苺パンケーキの方。」
「は~い、わたしです!」
パッと手を上げた制服の袖口から、華奢だけど高価なブレスレットがのぞく。
「きゃぁ、可愛い~♪」
ピンクのホイップクリームに星やハートのデコレーション、王都で人気らしい一皿を前に、彼女はキラキラさせた瞳をちょっと上目遣いで。
「ランス先輩もひとくちどうですか?」
「ありがとう。でも俺はいいよ。」
「えー、これすごく人気なんですよぉ。」
可愛く尖らせた唇はピンクリップでぷるぷるに輝いている。
(女子力高っ‥。)
カフェオレにひとくち口をつけたわたしは、目に入ったカサカサの自分の指先に心の中でため息をつく。
「カレン、やめろ。」
「‥はーい。」
不機嫌そうなディックの声に肩をすくめてから、カレン・キャドラーはパンケーキを食べはじめた。
「んー、美味し~。」
笑顔で頬張る彼女はディックの従姉妹で、わたしは何故かベリアル、ディックと一緒にカフェでお茶している。
わたしの前に座るディックは黙ってブラックコーヒーを飲んでいて、話しかけるなオーラを感じるのはわたしの気のせい、じゃないかも。
来週の演劇祭、準備が進む途中で復学したわたしは、雑用係のような感じでみんなを手伝っている。
足りない布の買い出しを頼まれて、ベリアルが荷物持ちにと一緒に来てくれて、買い物が終わったところでディックとカレンに会って。
ランス先輩の大ファンです、30分だけお願いします!とカレンに引っ張られての現在。
右隣に座るベリアルはアイスコーヒーを飲みながら、笑顔でカレンの話を聞いていた。
「ペンタグラム杯、ランス先輩すごくかっこよかったです!」
「そう? ディックの方がすごいよ。中等部優勝なんて、俺できなかったし。」
「ディックもわたしより全然凄いですけど、いっつも無愛想なんですよ。」
ぷうっと頬を膨らませるけど、ディックは無反応だ。
カレンはディックの父親の年の離れた妹の娘で、ディックと同じダリア魔法学園中等部の3年生。
裕福な家のお嬢様で、夏にブレイカー伯爵家で行われたディックの御披露目会でディックのパートナーをした、と聞いてわたしは彼女の優雅なステップを思い出した。
カレンはとにかく可愛い。
ディックと同じエメラルドグリーンの瞳がころころと表情を変えて、アイドルみたいな美少女だ。
ベリアルにとびきりの笑顔を向けて話し続ける。
「すごく可愛い子ねぇ‥。」
「そうか?」
ディックは興味なさそうで、二人のほうを見ようともしない。
「ブレイカー君ももっと笑ったらいいのに。」
思ったことをがポロっと口からこぼれてしまった。
「なんで? あんたには関係ない。」
ディックが即座に言い切る。
それはそうなんだけど。
「笑ってたらちょっと楽しくなるじゃない?」
「逆だろ、それ。」
ディックはまだ少し残っているコーヒーカップに目を落とし、何か考えるようにちょっと目を閉じた。
「あんた、なんでキャサリン・アーチャーを助けたんだ?」
‥ペンタグラム杯の時、瀕死のキャサリンを父親は『このまま死なせてくれ』と言った。
「助けたのはお父さんでしょう?」
魔力ぎれだったわたしは治癒魔法を使えなかった。
助けたのは父親の持っていた魔道具だ。
「父親は最初死なせたがってたし、俺もそう思った。だって生きのびてもいいことないだろう。」
わたしはあの騒動あと、キャサリンにも父親のアーチャー会長にも会っていない。
病院で見た会見の、二人の青白い表情を思い出す。
「娘が死ねばアーチャー商会に同情も集まっただろうし。」
後頭部が痛んだような気がして、なんとなく手をあててしまった。
「あのね、死んだら終わりなんだよ。」
目の前に広がっていく自分の血。
冷たい痛みが体を支配していく中、明日の約束行けなくなったって連絡しなきゃ‥と思ったのがわたしの最期。
あんな急に、明日がなくなるなんて。
「生きてたらやり直せるから。」
「生きる方が辛くても?」
「それを決めるのはわたしでも、お父さんでもない。」
アーチャー会長がどんなにキャサリンを愛していても。
「彼女自身が決めることよ。」
「‥あんた、そんなこと言ってたら貴族社会で生きていけないぞ。」
「心配してくれるの?」
「馬鹿にしてるんだ。」
ディックは残っているコーヒーを飲み干した。
「カレン、もういいだろ。帰るぞ。」
「え~、もっと話したい~。」
「30分だけって言ったろ。先輩たちは学園に戻らないと。」
ベリアルの足元の買い物袋に目をやる。
「でもうちでご飯食べてほしいし~。そうだ!」
カレンは不意にわたしの手を握ってきた。
「先輩、荷物持って先に帰ってくれますよね?」
「‥ディック、もういいよな?」
ベリアルはテーブルにコインを何枚か置いて立ち上がった。
荷物を持って、反対の手でカレンの手からわたしの手を奪い返すと。
「アリス、帰ろう。」
そのまま強引に二人でカフェを出た。




