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1年生11月:秘密【改稿】

ファンはあたりに人気が無いのを確認すると、『不在』の札がかかった学園長室の鍵を開けて部屋に入った。

学園長のデスクの横ろに飾られている大きな油絵。

額の裏に手を差し込んで隠しスイッチを押す。

向かい側に並んだ書棚からカチリと音がして、棚のひとつが扉のように開いた。


「やあ、待ってたよ。」

中から手招きするのは部屋の主、学園長だ。


「なんで学園長室に隠し部屋‥。」

たびたび呼ばれるが、ファンはいまいち納得できていない。

『隠し部屋は男のロマン』と言われても、呼ばれる方は面倒なだけだ。


(仕事仕事。)

余計な考えを頭から追いやって、学園長の前に立つ。

隠し部屋にしては豪華な椅子に座る学園長は、上質な羊皮紙のノートを広げた。

「今日の報告を頼むよ。」


ファンは内ポケットから手帳を出す。

そこに書かれているのはアリス・エアル・マーカーの行動記録。


「対象者は病院から子爵の付き添いで登校、午前中は座学、午後の実技演習時間は座学補習を受け、放課後は図書館に寄ってから帰寮。」

「補習?」

「入院中の分をクラレール先生が明日まで実施。演劇祭の練習は来週からです。」

「‥そういえば彼女の実技演習メニューをまだ組めてなかったな?」

「さあ? クラレール先生にご確認を。」


知ってるくせに、と学園長の呟きが聞こえたけれど、ファンは無視する。

自分の当面の仕事は、マーカー子爵令嬢の護衛兼監視だ。


学園長はノートに何か書きながらため息をつく。

「いやもう大神殿が彼女を引き渡せとうるさくてね。」


治癒系魔術師、いわゆる『治癒師』は、ほとんど全員が神殿に属している。

王国魔術師団の治癒師も、もちろん神殿からの派遣だ。

魔王に勝つために魔法学園が攻撃魔法に特化してしまった結果、治癒魔法や補助魔法は神殿が管理するようになっていた。

明確な対立はないが、学園と神殿はお互いのテリトリーを守って共存してきたのだ。


「治癒師の育成は神殿の管轄だとうるさい‥早く彼女の演習体制を整えないと。」

「神殿に移籍させればいいでしょう。」

4月に入学したときから、学園長はアリスに護衛をつけていた。

何人かのチームで護衛に当たっていたが、これまでの騒動の流れでファンが専属になってしまっている。


「あのねぇ、神殿に渡したら彼女は閉じ込められてしまうよ? 神格化されて何の自由もなくなるだろうね。」

「この学園なら守れると。」

「教師は子供の自由意思を守るべきだと思わない?」


雇用主は労働者の自由意思を聞いてくれないじゃないか。

ファンはこぼれかけた文句を飲み込む。

年齢のわりにいい給料を貰っているのだが。


「護衛任務から外してください。」

「報告の度にそう言うけど駄目だ。」

「俺の頼みでも?」

学園長はプイと顔をそむける‥年の割に子供っぽいというか、気が若い。


「‥『隠密ステルス』、君の固有スキルが最適解、わかってるね。」


ファンのスキル『隠密ステルス』は、気配を限りなくゼロにして、そこに居るのに誰も見つけることができなくなる。

そしてこのスキルは、『魔力探知』に引っ掛からない。


「どうかアリス・エアル・マーカーを守ってほしい‥僕からの『お願い』だ。」


目の前のアリスは、ファンに全く気づかない。

友達に向けられる彼女の笑顔。


「‥はい。」


「そんな露骨に嫌な顔しなくても‥まあいい。それと気にとめておいてほしいことがあってね。」

学園長はノートの別のページを開く。

「アリス・エアル・マーカーの母親についてだ。」


母親のマーサは、マーカー子爵の領地で静養している。

女手ひとつでアリスを育てていたが、マーカー子爵家がアリスを見つけたときにはかなり重い病に伏せていた。


「アリス・エアル・マーカーとその母マーサ・トーノに血縁関係が確認できなかった。」

「‥は?」

「入院中、彼女アリスにいくつも検査をした。」


どの程度の力なのか、どんな魔法が使えるのか、はたして彼女は『聖女』なのか。

膨大な魔力は遺伝なのか、突然変異か。

知りたいことは山ほどあったが、肝心のステータスは封印ロックされて看ることはできず、ほとんどわからないまま。

そんな検査のひとつが、魔力周波の鑑定だった。


「マーカー子爵との同期、親族関係は確認できた‥まあこれは子爵自身も鑑定済みだったが。」

アリスを引き取るとき、子爵家はきちんと鑑定を行っている。


「母親マーサの魔力は平均未満で、聖母というには弱い。」

それもそのはずだ。

「マーサとアリスの魔力周波は全く別もの、この二人は他人だという鑑定結果が出ている。」


ファンの奥歯がギリっと音をたてる。

「なぜそんな。」

「彼女を育てるために必要なことだ。」

そんなことを暴く必要が。


「アリス・エアル・マーカーはこのことを知っているのか、誰が本当の母親なのか、関係しそうな情報を目にしたら報告をあげてくれ。」

「‥‥‥。」

「ファン、これは『命令』だ。」


ファンは無言のまま頭を下げてから、学園長に背を向けた。

その背中に学園長が呟く。


「さて、稀代の英雄ジャスパー・イオス・マーカー魔術師団長は、いったい誰を愛したんだろうね?」


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