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1年生10月:戦場

炎の海を眺めて、魔人は不満そうに顔をしかめる。


「業火にはほど遠いか…まあ、久々の余興だ。」


魔人の真紅の瞳がわたしを映す。

その鋭さに思わず結界密度を引き上げたとたん、真正面で強力な爆発が起こった。

爆風が『聖域サンクチュアリ』の前面にたたきつけられるが、これくらいならびくともしない。


「ふん、厄介な結界だ。」

魔人はキャサリンのネイルが煌めく両手を重ね合わせ、高く掲げた。


「殺戮などさせない。」

その時、ダリア学園長がわたしと魔人の間に立ちふさがった。

「マーカーくんは重傷者の治療に向かって。」

「え、」

「任せたから。」

そう言うと、学園長は魔人の方へ歩みを進める。


「アイリス、アスター、手伝え!」

魔人を取り囲むように、3人の学園長が競技ステージへ上がった。

「実戦はいつぶりかな。」

「ああ、生徒にいいところを見せれるとはありがたい。」

ダリア学園長より年上に見える2人の学園長が、それぞれの魔装具を魔人へ突き付けた。


「アリス、こっち頼む。」

ベリアルが呆けていたわたしの腕を引いた。

「重症の先生が。ディック!」

「『水砲撃ウォーター・シュート』!」

「くえぇぇぇ!」

わたしたちの進路にいたサラマンダーがディックの水魔法で悲鳴を上げて消えていく。

「走れ!」


炎の中にできた道を走り抜ける間、肉の焼ける焦げ臭い匂いが胸を悪くする。

「連携を組め! 孤立させるな!」

「『氷結箱アイス・ボックス』!」

「きしゃあぁああ!」

「ってぇ、この野郎!」

「怪我の酷い者はすぐ下がれ!」

先生たちの怒鳴り声と呪文の声、サラマンダーの鳴き声が入り混じる。


「まだこんなに‥。」

「対抗戦メンバーは炎系が多くて、サラマンダーに対抗できる奴が少ないんだ。」

手を引くベリアルが悔しそうに呟いた。


「早く中へ!」

アリーナの一角に茶色の壁が作られていて、前に立っているエリオス先輩が壁に触れると入口のような隙間が現れた。

壁に近づくサラマンダーをディックが魔法で蹴散らしてくれる。

中は不思議と熱さが和らいでいたけれど、血の匂いが充満していた。

仮説救護所のようなここには何人かの生徒がうずくまっていて、その奥に毛布が引かれて男性教師が横たわっていた。


「…っ!」

さっきわたしを庇おうとして魔人に飛ばされた先生だ。


「酷いー。」

壁にたたきつけられた衝撃で、体の半分が潰されてしまっていた。

毛布は血に染まり、顔色は青白くて呼吸が感じられない。

「『蘇生リザシエイション』!」

わたしは先生の体に両手を当てて呪文を唱えたけれど、一瞬輝きかけた光はすぐに消えて何も起こらなかった。


嘘‥。

わたしの心臓が早鐘を打ち始める。

先生のありえない角度で曲がった腕、側頭部の傷口から溢れる赤黒い血、髪や皮膚の焦げた匂い。


嫌だ!


「まさか、死んでもうたんか…?」


続いてふらふらした足取りで中に入ってきたアーチャー会長が、横たわる先生の側に崩れ落ちた。

地面にポタポタと涙が落ちる。

「堪忍、堪忍してや‥、ああ、キャシー‥」

何人もの怪我をしている生徒たちに向かって、アーチャー会長は地面に額を擦り付けた。

「すんません、ほんまにすんません‥。」


ベリアルが雑にアーチャー会長の襟首を掴むと顔を上げさせた。

「まだ何も終わってない。」

「すんません、すんません‥。」

「謝るのをやめろ!」

珍しいベリアルの怒鳴り声が響く。


「今は自分ができることを考えろ!」


ーそうだ、怯えている場合じゃない。


「『復活リザレクション!』」


金色の光が繭のように先生の身体を包み込み、吸い込まれて消えたときには、怪我の全てが治癒されて呼吸が戻っていた。


「あとはよろしくお願いします。」

わたしは立ち上がると、入ってきた壁をノックしてエリオス先輩に話しかける。

「アリスです。そっちに出たいんで開けてください。」

「ダメだって学園長が。」

ディックの声がしたけれど、すうっと入口が開いた。

ベリアルがスッとわたしの先に出る。


「熱い‥。」

アリーナではまだ戦闘が続いていた。

どちらの戦力も半分くらいに減っているけれど、サラマンダーと違って人間は消耗する。

ディックが救護所を守りながら水系魔法を繰り出すけれど、それを警戒してサラマンダーたちが少し離れて固まりはじめている。

競技ステージの魔人と学園長たちの膠着状況もどうなるわからない。


なんとか建て直さないといけない。

聖域サンクチュアリ』で全員を守るには散らばりすぎているし、みんなを守りながら戦うのは難しい。

この救護所はどれくらい耐えられるのだろう。


「この壁はエリオス先輩の魔法ですか?」

「ええ、だけど『断熱壁サーモス・ウォール』を保持するので精一杯ですね。」

だから中の温度が低かったのか。


「おい、お前は出てくるな!」

近くにいたのか、ファンさんが駆けつけてくる。

ファンさんも服のあちこちが焼け焦げて、左腕から血が流れていた。


「ウォール!」

ファンさんが思わずエリオス先輩の胸元をわしづかみにして、『断熱壁サーモス・ウォール』がパッと消えてしまった。

「悪いっ‥。」

ファンさんが慌てて手を離す。


「いえ、ただの魔力切れです。」

エリオスはよろっと後ろに倒れかけて片ひざをついた。


「先輩、回復を‥。」

とっさに支えよう伸ばしたわたしの手を、エリオス先輩は掴んで立ち上がり、そのままわたしを引き寄せて抱きしめると。


えっ?

なんでキス?


ーみんな、見てるんですよ!


「流石にこれが最期かもしれないからね。」


そっと唇を離したエリオスの顔は、いつも余裕だったのにとても青白くて。

戦場に不似合いな、優しいキス。


ー祝福『聖女レッド紅印・キス』の発動を確認しましたー


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