1年生4月:入学式(5)
委員会は6つです。
クラス委員、図書委員、文化委員、保体委員、緑化委員、生物委員があります。
クラス委員と図書委員は2人ずつ、あとは4人ずつです。
と配られたプリントに書かれていた。
「クラス委員、やります!」
真っ先に手を挙げたのは、当然キャサリン。
「やる気があるのがいいね~。他にやりたい人いる?」
ハンス先生が生徒を見渡すが、手は挙がらない。
「じゃあ他の委員からー。」
「ベルくんがいいです!」
とまたキャサリンが手を挙げる。
「なんたって、主席入学なんですから!」
たしか設定では、ベリアルとキャサリンがクラス委員を務める。
クラス委員はセットで動くことが多く、キャサリンは何かとベリアルとヒロインの邪魔をしてくるのだ。
「ねえ、みなさんもそう思うでしょ!」
立ち上がると自信たっぷりの笑顔でダメ押しを仕掛ける、が。
「俺は別の委員をやりたいです。」
-え?
ベリアルは座ったままプラプラと右手を振った。
「主席だから、とかいう理由はカッコ悪いし、人に決められるのは嫌いです。」
「へぇ、はっきり言うね~。」
ハンス先生は楽しそうに目を細めた。
「じゃあどうしよっか?」
「私がやります。」
話題を遮るように、リリカが手を挙げて立ち上がった。
「んー、他の人は?」
誰の手も挙がらず、『まあいっか』とハンス先生は肩をすくめる。
「じゃあクラス委員はアーチャーさんとノービスさんでよろしく。他の委員は~、」
その後はもめることなく、10分後にはクラス全員が各委員会に振り分けられていた。
わたしは緑化委員、学園の草花の手入れをする委員会だ。
わたしを含めて男女2人ずつ、ちょうど4人が立候補してそのまま決まった。
「全員決まったね~。この後は各委員会ごとに説明があるから、プリントに書いてある場所に移動して~。終わったら今日はそのまま帰っていいから、明日は8時30分までに教室に来るようにね。」
緑化委員は中庭に集合ということで、A組の他のメンバーと一緒に移動する。
「マーカーさま、よろしくお願いします。」
丁寧に挨拶をしてくれたのはイマリ・カンザス。
モデルみたいに背が高い女の子で、暗めの髪をショートボブにしている、ちょっとボーイッシュな雰囲気だ。
王国では姓が複数あると貴族、ひとつだと庶民、という身分になっている。
イマリは普通の家の女の子だから、貴族のわたしに遠慮がある。
「よろしくお願いしますね、カンザスさん。よければアリスと呼んでくださいません?」
初日なので令嬢ぶりっこでほほ笑み返す。
「ええ、アリスさま。わたしのこともイマリと呼んでくださいね。」
「クラスメイトなのに『さま』付けは寂しいわ。ね、イマリ。それにね、」
イマリの耳元に囁く。
「…知っているんでしょう? わたし、この前まで庶民だったの。堅苦しいのは苦手。」
いいの? とイマリも笑ってくれた。
そのうち、もっと気安く話せるといいな。
なによりご令嬢ごっこは疲れるし。
中庭には新入生の委員が4人ずつ5クラスで20人。
説明のため2年生の委員長と副委員長、それに庭師さんが3人待っていた。
委員長がざっと仕事の説明をする。
・月曜日と木曜日、朝と夕方30分ずつ、クラス別の担当エリアの世話をすること。
・中等部との間の森には放し飼いの動物がいて生物委員が世話をしているから、タグ付きの動物にちょっかいを出さないこと。
・逆にタグの付いていない大型動物を見かけたら、すぐ教師か庭師に伝えること。
・植物の種類、世話の方法は植物手帳で確認すること。
・わからないことは庭師に聞くこと。
庭師の中で一番若い青年が植物手帳を配った。
デニム地のつなぎには、『ファン』と胸元に名前が刺繍されている。
庭師らしいがっちりした体格で、日焼けした褐色の肌にかかる伸びた髪は珍しい藍色だ。
長めの前髪で顔が隠れてしまっていて、感情が伺えない。
肩口まで捲り上げた白のTシャツの袖からのぞく二の腕は筋肉の線が浮かんでセクシーで、昔憧れていた空手部の男子キャプテンを思い出す。
「それじゃ簡単に仕事を説明するので、クラス別に担当エリアに向かってください。」
委員長が植物手帳の最後にとじ込まれている地図を広げてみせる。
1-Aは校舎の西側にある裏庭が担当になっていた。
「A組、こっち。」
ファンさんがわたしたちを手招きするので、4人で後について中庭から裏庭へ移動する。
実は庭師の半分くらいは密かに学園を守る護衛官で、ファンさんももちろん護衛官だ。
彼は魔法が使えないが気の流れを利用した『気功術』を使う武闘家で、『ダリア魔法学園物語』の隠しキャラ。
入学初日に緑化委員会に入らないと出現しない、今日出会わなかったら2年間出てくることはない攻略キャラクターなのだ。
そんなファンさんは、わたしたちを気にすることなくずかずか歩いていく。
女子生徒の歩幅でついていくのは難しく、男性陣と少し距離ができてしまった。
急がないと、と足を速めたところがちょうど雑木林の入り口で。
「わっ…!」
わたしは雑木の根に右足をひっかけてしまい、前のめりに倒れかけたー
(なんの!)
ものの、体の右側から受け身をとるとそのまま地面で一回転して立ち上がり、パンパンと手のひらやスカートについた土を払った。
「えっ、アリス大丈夫なの?」
眼前でのアクロバットに、イマリがきょとんと目を丸くする。
「…このくらい、淑女の嗜みですわ。」
余裕たっぷりに微笑んで、何事もなかったかのように歩き出そうと顔を先に向けると、ファンさんが立ち止まってわたしを見つめていた。
長い前髪の隙間から、切れ長のアメジスト色の瞳がわたしを射抜く。
ほんの数秒、視線が絡み合う。
「なかなかできる…。」
ファンさんのつぶやきは、まるでライバル認定したようなものだった。
『きゃあっ…。』
『女生徒には速かったか、悪かったな。』
『いえ、そんなこと。』
『膝から血が…早く医務室へ。』
『えっ、そんな、重いですからっ…。』
(転んだヒロインを軽々とお姫様抱っこして医務室へ運ぶファン―)
あああああー!
出会いのスチルが脳裏に浮かぶ。
わたしはまた、やってしまった…!