1年生9月:涙
泣いていい?
「だって、そんなのずるいわ‥。」
ベリアルの言葉が理解できなかった。
大会の準決勝で負けて泣くわたしに、監督は『泣くな』と強く言った。
『相手より練習したと自信をもっていえるのか?』
『努力が足りないうちは、泣く資格なんかない!』
『薄っぺらな涙を流す暇があるなら走ってこい!』
苦しくても辛くても、それは努力が足りないから。
ましてやわたしの魔力はゲームの設定で与えられたもの。
この学園を目指して研鑽に励んできたみんなとは違う、嘘だらけの存在。
「ご心配、ありがとうございます。」
優しくしないで、そんな資格ないんだから。
ベリアルの胸を押し返して彼から離れると、温もりがすうっと消えた。
「これくらいのこと、なんでもないのよ?」
部屋が寒く感じるのはなぜだろう。
「そうね、少し疲れているかもしれないわ。申し訳ないけれど、今日はもういいかしら? 」
部屋を乾かしてくれたお礼をしないとだけど、今は早くひとりになりたい。
こう言えばベリアルは自分の部屋に戻るはず。
「‥わかった。」
ベリアルは来たときのように窓から戻っていった。
彼が真下の部屋だなんて知らなかった。
部屋に帰ったのを確かめてから、窓を閉めて鍵をかける。
「嘘、ばっかり‥。」
ひとりになったわたしは、ベッドにうつ伏せに倒れこんで枕を抱きしめる。
いろいろなことが頭をぐるぐると巡り、考えがまとまらない。
嫌がらせはエスカレートしてきている。
寮の部屋も安全ではなさそうだけど、他に行くところもないし。
「わたし、なにしてるんだろ‥。」
母と二人で暮らしていたころとは比べ物にならない安定した生活。
母の病気も薬代も心配しなくていい。
もうクラーケンが襲ってくることもないし、使える魔法も増えて入学時に1だったレベルは20まで上がった。
エリオスとのことが炎上しているけど、キスのことは秘密になっているからまだましな状況だ。
「大丈夫、大丈夫‥。」
三連休が終わったら四日間の前期テストが始まる。
A組にふさわしい成績を残したい。
こんな卑怯なことで消耗したくない。
わたしはこの学園に、ちゃんと自分の足で立ちたい。
ダリア魔法学園にいていいんだと、自分を認めたい。
仰向けになって、左手の薬指の指輪を見つめる。
真っ黒に焼き付いてしまって、指に張りついてしまっている。
触ると節みたいな感じだ。
去年の夏、この破邪の指輪がわたしの封印を解いた。
蘇った莫大な魔力と前世の記憶はそれまでの生活を粉々にして、わたしは流されるままダリア魔法学園に入学した。
「あの人にもう一度会いたいな‥。」
わたしの不安に、ずっと寄り添ってくれていた貴族の青年。
顔も声もあいまいになってしまったけど、とても優しい時間だった1ヶ月。
前のわたしと今のわたしを繋ぐ大切な思い出。
ベリアルの言うとおり、いっぱいいっぱいになっているのかもしれない。
夏の最後の日、真夜中に彼の胸で泣いてしまったときのように。
わたしは枕を抱きしめて、ベッドで丸くなって。
少しだけ泣いた。




