1年生4月:入学式(4)
ベリアルは入学式が始まる前、講堂の外で父親と話していた。
父親もダリア魔法学園高等部の出身で、だから受かったときは心底安堵した。
「新入生挨拶、楽しみにしているぞ。」
主席入学と聞いたときには驚いたが、この半年で体が成長したせいか魔力が大幅に増え、かなり強くなっていた。
ランス公爵は末息子の成長が嬉しくて仕方がない。
「あんまり期待しないでくださいよ。」
ベリアルは父と別れて先に講堂に入り、指定の席に座った。
まだ開始まで時間があるからか、席は半分も埋まっていない。
前列に座っている女生徒たちの話し声が聞こえてきた。
「いいこと、リリカ。必ずアリス・エアル・マーカーを学園から追い出すわよ。」
「そうね、キャサリン。メイを押しのけて入学なんて、きっと何か裏があるわ。」
キャサリン・アーチャーとリリカ・ノービスがそんなことを話している。
二人ともローズ魔法学園のトップクラスだったから、顔と名前は知っていた。
アリス・エアル・マーカー子爵令嬢。
新入生はみんなその生徒を気にしている。
亡き魔王封印の英雄、ジャスパー・イオス・マーカー魔術師団長の忘れ形見、現当主の孫娘。
これまでは体が弱く療養のため領地で暮らしていたが、体調が安定したのでダリア魔法学園に入学するために王都に戻ってきた。
というのが子爵家からの公式発表。
要は最近になって庶民の女に産ませていた子供が見つかった、だけのこと。
まあ、貴族にはよくある話だ。
問題は、ダリア魔法学園に高等部から編入してくることだった。
ダリア魔法学園高等部はグラディス王国最高の格式を有する、歴史、設備、教師たち、王国への人脈、どれもトップレベルの機関だ。
入学できるのはたった100名。
コネが一切通用しない完全実力主義であり、ダリア魔法学園中等部から持ち上がりで内部進学することもできない。
だから国中の魔法学園中等部から、精鋭が集まってくる。
高等部のある魔法学園は、王都グラディオスにたった5校だけ。
全て同日に入試が行われるため、落ちたら浪人するしかないシビアなシステムで、しかもダリアだけが浪人受験を認めない。
それでも、ダリアの受験生は毎年1000人を超える。
3年間中等部で学んでいれば、交流戦や模擬試験で他の学園の上位者同士に繋がりができる。
1月に入学試験を受けるときには、お互いライバルでも仲間のような、妙な連帯感があった。
『4月にダリアで会おう』と。
2月の合格発表で学園の掲示板に張り出された合格者の名前の中に、誰も知らない名前があれば当然話題になる。
どこの中等部にも属さない者が、ダリアの入試を突破できるはずがない。
もしかしたら、入学試験も受けていないかもしれない。
入学式後、A組から順に名前を呼ばれる。
成績順に20人ずつ5クラス、A組がトップクラスだ。
「アリス・エアル・マーカー。」
呼ばれて立ち上がった少女は、子爵令嬢にしてはこじんまりした容貌で、華がなかった。
背筋の伸びた凛とした姿勢はどちらかというとベリアルの好みだけれど。
「ベリアル・イド・ランス。」
「はい。」
最後のベリアルが立ち上がると、教師について移動するよう指示が出る。
20人がぞろぞろついて歩く中、キャサリンが『絶対恥をかかせて差し上げますわ。』とアリスを睨みつけていた。
教室で指示された席に座ると、ベリアルの右がアリスだった。
(まあ、普通の子だな。)
例えば高慢な態度とか、人を馬鹿にした表情とか、そういう雰囲気は感じない。
庶民から急に貴族になると、むやみに威張り散らす者もいるのだが。
(ミス・アーチャーの方が絶対性格きついよな。)
中等部のときの彼女は、いつも4人くらいの女生徒を引き連れてあれこれ仕切っていたように思う。
いじめは嫌いだし、もし彼女が何かされそうなら助けた方がいいかな。
ベリアルがそんなことを考えている中、テンプレートにクラスメイトの自己紹介が進んでいく。
そうしてアリスが立ち上がり自己紹介を始めると、右隣のリリカ・ノービスがアリスの椅子をそおっと後ろに引いた。
一番後ろの席だから、そんなことをしても誰の目にも入らない。
微かに椅子を引く床ずれの音が聞こえたのでベリアルが目を向けると、アリスが椅子が無くなっていることに気づかず、真っ直ぐ腰を下ろすところだった。
(ええっ?!)
次の瞬間、ベリアルは声を上げそうになって、とっさに手で口を覆った。
(空気椅子って、澄ました顔で空気椅子って‥!)
やばい、腹がよじれる。
ベリアルは平静を装って次の自己紹介を聞いているふりをするが、右目はアリスが素知らぬ顔のまま椅子を引き寄せるところをしっかりとらえている。
(ありえないだろ、何で微動だにしないんだ。どんな体幹だよ…!)
筋力もだが、驚くべきはそのメンタルの強さだ。
とまどうことなく腰を下ろしたのだから、いたずらに気づいていたとは思えない。
一瞬、驚いて息を吸ったけども、バランスが崩れることもなく、ほほ笑みが途切れることもなく。
アリス・エアル・マーカーは入学式からずうっと令嬢らしく微笑んだまま。
今も淡々と次の自己紹介者に拍手を送っている。
彼女はいったい、どれだけの猫を被っているのだろう。
(あのほほ笑みを剥がしてみたいー。)
胸に宿ったこの感情がなんなのか、ベリアルはまだ気づいていない。