1年生8月:攻撃(2)
アーチャー会長は契約金として1個、魔法10回分の代金として1個を渡してくれた。
「取引できんかったらどうするつもりだったんで?」
「もちろんキャサリン関係の口止め料で。」
「あー、お嬢さんにいろいろ迷惑かけてるようで、誠にすみませんなぁ。」
カジルがあっさりと謝るので拍子抜けした。
「リリカちゃんから聞いてます。今日のはそのお詫びもお含みおきを。」
「もっとキャサリンを庇うと思った。」
カジルはそれこそ心外だと首を振る。
「これでも王都一の商売人でして、その目が節穴じゃまずいでっしゃろ。」
つまりわたしにアイテムを渡すのも利益が見込めるから。
「‥ありがたくもらいますね。」
「‥どうぞ今後もご贔屓に。」
お互いに含んだ笑顔でアーチャー商会を後にした。
港から船に乗り、臨海学校のあった島へ渡る。
目立たない質素な服を買って着替え済みだ。
結んだ髪をキャップの中に押し込めているので、男の子に見えないこともないはず。
船のデッキで売店で買ったパンをもぐもぐ食べていると、潮風が気持ちよくて心が軽くなる感じがした。
島に着いてから、研修所から少し離れた防風林で休憩する。
人のいない砂浜の木の陰ににシートを敷いて寝転がった。
アーチャー商会で魔法を使ったからMPが減ってしまっている。
ステータスを開くと、MPは7,503。
『蘇生』10回でMP4,000を消費してから1時間半。これならあと3時間も休んでいれば満タンまで回復しそう。
『節約の腕輪』の効果でMP消費量が2割減になっていたのが意外ときいている。
この島には研修所だけでなく普通のホテルもあり、海はマリンスポーツを楽しむ人たちでいっぱいだった。
前世の夏合宿は山ばかりで、あまり海で遊んだ記憶がない。
だから臨海学校を楽しみにしていたんだけどな。
しばらく昼寝をしたらだいぶ魔力が回復したので、新しい魔法を確認する。
「『聖域』」
クロスペンダント『聖女の護印』を握りしめて魔法を発動させる。
わたしの体より少し大きな箱をイメージすると、2メートル四方の薄い金色の立方体がわたしをすっぽり覆った。
(この結界、ほとんど見えないんだ。)
結界の中は空気感がちょっと違うし、わたしはそこに結界の壁があることを感じられるのだけど。
よーく見つめていたら空中にキラッと糸が光ったかな、くらいの見え方だ。
(消費MPは‥。)
ステータスを確認すると、減ったのは70くらい。
魔法の説明欄に質量と時間が書いてあったから、大きさや持続時間で消費MPが変わるのかもしれない。
(広がれ。)
思念に合わせて結界が膨れて、上の松の木の枝に当たって枝が折れそうになる。
枝が結界の中に入ることはできないみたいだ。
(止まれ。)
結界の膨張が止まって、大きさは2.5メートル四方くらい。
松の枝に向かって底を蹴ると、体が結界の中を泳ぐように上へ進み、結界の見えない天井に手が届いた。
さらに手を伸ばすと、結界をすり抜けて枝を掴むこともできる。
結界の中は上下左右を自由に動けて、中から外へ出ることもできるみたいだった。
(延びろ。)
今度は結界を細く高い形にして松の枝の隙間を突き抜けさせて、木より高い位置まで上がる。
松林を見下ろす高さで、まるで『飛行』を使ってる気分だ。
「結界の上に立てるかな?」
結界の天井へ上がろうと体を結界から出したら、パンっと結界が消滅してしまった。
落ちるっ!
「痛たたた‥。」
下は砂浜だけど、松の木の根がガツンと足に当たってしまった。
「もー、この島キライ‥。」
臨海学校、楽しみにしていたのに。
最初と最後を邪魔されて、夏休みも自由にできなくて。
「絶対ぶん殴ってやる!」
シートに仰向けになり、右拳を空に向けて打ち出す。
『聖女の刻印』が風を起こし、松の枝がバサバサと鳴った。
おおっ、真空波みたいなのが出た。
なんだか聖女っぽくなくなってきてるけど。
結界の特徴もひととおりわかったし、攻撃手段も確保した。
夜になったら作戦開始だ!