1年生8月:舞踏会(1)
貴族の子供が15才を迎えると、その家でお披露目のパーティーが開かれる。
わたしは両親が結婚していないからお披露目をしていない。
それでも子爵家の令嬢として社交界デビューはしなければならず、今回お披露目会を開くブレイカー伯爵家はマーカー家と縁があり、わたしが参加することを先方が望んでいると言われた祖父は出席の返事をしたとのこと。
同じ世代の貴族子弟が多く参加するので、わたしのお披露目にちょうどいいみたい。
2週間、ダンスとマナーの家庭教師にみっちりと作法をたたきこまれた。
鍛えた体幹のおかげか姿勢がよいと褒められて、なんとか形だけは踊れるようになった。
ドレスは濃いめのブルー、細目のシルエットで仕立ててもらい、お化粧されて、髪をウェーブに整えてパールの髪飾りをさすと、うん、華奢な子爵令嬢に見えないこともない。
「旦那さま、アリスさま、行ってらっしゃいませ。」
パーティー当日の夕方、祖父とメイドさん1人と一緒に馬車に乗って送り出された。
「今夜はなるべくたくさんの人と話すように。」
「はい、おじいさま。」
馬車の中でも祖父の姿勢は美しかった。
必要なことしか話さないので、祖父がどういう人なのかわからないでいる。
「お伺いするブレイカー家のご子息はどのような方なのですか?」
「よく知らん。」
祖父の答えはそっけなかった。
「あのう、ブレイカー家はご縁のあるおうちですよね?」
「ああ、現当主はジャスの友人の兄だ。」
なるほど。
祖父は意図的に父のことに触れないようにしているから、聖戦で父が亡くなったあと、ほとんど連絡をしていないのだろう。
「跡取り息子は同じダリアの中等部じゃなかったか? まあ適当にうまくやってくれ。」
「‥努力します。」
付け焼き刃のマナーで適当になんて、ずいぶん気軽に無理を言ってくれるわ。
わたしは扇で顔を隠して、ふうとため息をついた。
広いホールに入ると、今夜の主役であるブレイカー親子が招待客に丁寧に挨拶をしていた。
「本日はようこそお越しくださいました。」
小柄な男の子が招待客の上着のポケットに花を一輪飾る。
祖父とわたしの番になり、わたしは膝を折ってご令嬢として挨拶をする。
「お招きくださり、ありがとうございます。」
顔を上げたわたしに、彼、ディック・メイビス・ブレイカーは余所行きの笑顔で答える。
「よろしければ後ほど一緒にダンスをお願いしますね。」
「ええ、わたしでよろしければ。」
お辞儀をして次の人と代わり、ボーイからウェルカムドリンクを受けとる。
ブレイカー伯爵家でこの度めでたく15才を迎えたのは、あのディックだった。
あんな笑顔を見せたことないじゃない。
わたしはウェルカムドリンクの炭酸ソーダを一気に飲み干した。
たまに会ったときはあんた呼ばわりで生意気な後輩と思っていたけれど、こうしてスリーピースを着こなして回りに気を配る姿は立派な貴族令息だ。
楽団の演奏が始まり、まずはディックとどこかの綺麗なご令嬢が完璧なダンスを踊った。そのあとは何組かずつで音楽に合わせて踊っていく。
「よろしければ一曲踊っていただけませんか?」
壁の花になっていたわたしに、ディックが誘いの手を伸ばした。
傍らの祖父を見上げると、いってきなさいと頷いている。
「お願いいたします。」
わたしはディックに手を引かれて、ホールの真ん中で彼と向き合った。
片手がわたしの腰に回されて、ディックに寄り添う態勢だ。
ゆったりとした曲が始まり、ディックにリードされてステップを踏む。
くるり、くるりと軽やかに二人の身体が回る。
彼の香水がふわりと舞い、男性らしい香りが漂う。
ディックが急に大人っぽくなった気がするのはなぜ?
「背が伸びた?」
思わず声に出てしまった。
「そうだよ。」
耳元で彼が低く囁く。
「もうすぐあんたより高くなる。」
「‥っ!」
耳にかかる息でステップを踏み間違えそうになる。
崩れかけた態勢を、ディックがぐっと力強く支えて引き戻してくれた。
「相変わらずドジだな。」
春にはまだわたしより小さかったのに、もうお互いの目線はほとんど同じ高さで。
最後に大きなターンを決めて曲が終わった。
「あんた、踊りやすいな。」
「そうかしら?」
「ああ、姿勢がよくて芯がしっかりしてる。」
彼のエメラルドグリーンの瞳がいたずら好きの猫のように煌めいた。




