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1年生7月:帰省

二段ベッドの下をとったのは、単に階段の上り下りが面倒だったから。

カーテンを閉めると狭いながらも自分だけの空間になることも気に入っていた。

消灯時間をすぎてからもこっそりゲームをしていた。


『ダリア魔法学園物語』

魔法のレベル上げのために魔法講義を多めに組んで、放課後は好みの攻略キャラと行動して好感度を上げる。

レベルと好感度が一定以上なら、ラスボスの魔王を二人の愛の力で倒し、ハッピーエンドを迎えることができる。

一周目はスタンダードにメインヒーローを攻略してみた。


『亜里朱とならどんな敵にも立ち向かっていける。』


『愛してる‥亜里朱。』


口づけで永遠の愛を誓うエンドスチル。

そう、貴方は誰?


なんだかとても軟らかで寝心地のいいベッドで眠っていたようだった。

幾層かの薄い淡い色の布が天井からベッドを覆うように吊るされていて、レースのネグリジェで横たわるわたしはまるでお伽噺の世界に閉じこめられたようだった。

いつもの二段ベッドとは似ても似つかないロマンチックな天蓋つきベッド。

温かな光と花の香り。


「ここは‥。」

「アリスさま、お気づきですか?」

若い女性の声がした方へ顔を向けると、部屋の角の椅子にメイドさんが姿勢正しく座っていた。

「お茶をお持ちしますね。」

ドアがパタンと閉まる音がした。

視界の隅でペールグリーンのカーテンがはためく。

ああ、ここは王都にあるマーカー子爵邸でわたしに与えられた部屋だ。


「失礼します。」

ノックのあと、メイドさんが紅茶のトレイを持って入ってきた。

ベッドサイドに紅茶とクッキーをサーブしてくれる。

「ありがとうございます。」

紅茶の香りが頭をすっきりさせてくれる。


「‥わたしはいつ戻ってきたのかしら?」

「昨日の午後にお着きになられました。」

「今は何時頃ですか?」

「11時でございます。」

丸一日眠っていたみたいだ。

臨海学校から戻ってくるときの記憶がない。

荷物とかどうなっているんだろう。


「アリスさま、お昼ご飯はどうされますか?」

「‥今はまだけっこうです。」

「わかりました。ご用がありましたらベルでお呼びください。」

わたしより少し年上に見える彼女は丁寧に礼をして下がろうとする。

「あのっ。」

「はい?」

「‥母は、元気にしてますか?」

「本邸のことはわかりかねます。」

それだけを言うと、彼女は部屋から下がってしまった。


マーカー子爵の領地は、わたしたち母娘が前に住んでいた島も含まれる、温泉が名物のそこそこ賑わっている観光地だ。

領地の本邸は王都から馬車で5時間弱くらい。

電話やメールがないこの世界で、この距離の連絡はなかなか面倒だったりする。


結局お昼ご飯を食べ損ねてベッドでごろごろしていると、執事さんが祖父からの『夕飯は一緒に』という言付けを伝えにきた。

クローゼットにある祖父が買ってくれた清楚なワンピースに着替えて、食堂で祖父を待つ。


しばらくすると、祖父も食堂へやってきた。

「久しぶりだな、アリス。」

立ち上がろうとするわたしをジェスチャーで押し止める。

若い頃に王国騎士団に所属した剣士である祖父は、65才をすぎた今でも充分に体の厚みがある。

白髪混じりの髪は額が広くなってきているが、まだまだ顔のツヤもよく、ちょいワルな雰囲気だ。


「学園生活はうまくやれているか?」

鴨肉のソテーを切りながら、祖父が尋ねる。

「はい。みなさんと学ぶことはとても楽しいです。」

うん、嘘ではない。

「まあ、怪我をしないように気を付けなさい。昨日は我々も驚いたけど、大事がなくてよかった。」

「先生は昨日、なんておっしゃったのですか?」

「魔法の実習で頑張りすぎたと、倒れる前に気づけなくて申し訳なかったと。」

なるほど、魔物襲撃については話していないと。


「がんばり屋なのはジャス譲りか‥。」

祖父のつぶやきはよく聞こえなかった。


大きなテーブルで二人きりの食事はそう会話が弾むわけもなく、カチャカチャと食器のふれ合う音が続く。

ひととおり食べ終わり食器が下げられると、祖父は食後の一服と葉巻に火をつけた。

わたしは部屋に戻ろうと軽く頭を下げて、席を立とうとした。


「アリス。」

「はい、なんでしょう。」

「2週間後に舞踏会に出てもらう。明日からダンスとマナーのレッスンを受けなさい。」

2週間後?


「すみません、わたしは学園に戻るつもりなのですが。」

「夏の社交シーズンはここにいなさい。婿は自分で決めたいだろう?」

「婿って‥。」

「学園でよい相手を見つけたのならそう言いなさい。」

「いえ、そういうことは‥。」


婿を見つけてこいって、本気だったの?

でもわたし、恋愛ゲームのヒロインなんですよ!


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