1年生4月:入学式(3)
「ようこそ1年A組へ!」
同じ言葉が黒板にも書かれていた。配席は縦1列が4人×5列で20人。縦列の4人が同じ班になるらしい。
出席番号順の配席表に従って座ると、わたしは16番、4列目の前から4番目だった。
左の席が出席番号ラスト20番、ベリアル・イド・ランスだ。
「僕が君たちの担任の、ハンス・クラレールで~す。得意な魔法は火属性。1年間よろしく~!」
教壇に立つ割と若い男性教諭は愛嬌のある顔立ちで、表情がくるくる変わる。
どちらかというと可愛い系だけど、彼は攻略キャラではない。
「ハンスせんせーい!」
一番右列で一番前の女生徒が手を挙げた。
「は~い、アーチャーくん。」
「何歳ですかー?」
「元気ないい質問だね~。24歳です。君はいくつかな?」
「えー、知ってるでしょお。」
「まあそう言わずにさ~、出席番号1番のキャサリン・アーチャーくんから自己紹介してもらおうか。さあ立って立って。」
「えー、わたしが1番―。」
と言いながらもすっと立ち上がる。銀色の髪がいくつもの縦ロールに巻かれて、結構な迫力だ。
「キャサリン・アーチャーです。ローズ魔法学園中等部出身、氷属性が得意です。あと、」
彼女は青い瞳に目力を込めてクラスメイトを見渡す。
「マジックアイテムをお求めの際は、ぜひアーチャー商会へ。ダリア魔法学園の皆さんは1割引きで提供させてもらいますねー。」
キャサリンが優雅に一礼すると、わっと拍手が起こった。
アーチャー商会は、王都最多のマジックアイテムを取り扱う老舗店。
そこのご令嬢ならば、ちょっとした貴族よりも権力も財力もある。
彼女のピアスやいくつかの指輪は、かなり高価なマジックアイテムに見えた。
(最初がこれだとやりにくいよね…。)
次の男子生徒は無難に自己紹介を済ませて、みんな名前、出身学園、得意な魔法系統、を順々に話していく。
とうとうわたしの番だ。
小さく息を吸うと、姿勢良く立ち上がる。
両手は前で揃えて礼儀正しく。
「アリス・エアル・マーカーと申します。治癒魔法を専門としております。」
ゆっくり礼をして、顔を起こしてから、
「高等部からの入学ですので、みなさまいろいろとお教えくださると嬉しいですわ。」
ご令嬢っぽく首を少しかしげてにこやかに微笑む。
よし、完璧!
ふっと息を吐き、椅子に座ろうと腰を落とす…と、予定していたところに椅子が無い。
いたずらかいじめか知らないけれど、くだらないことをしてくれる。
みっともなく後ろにひっくり返るなんて冗談じゃない。
わたしの体幹、なめんなよ!
わたしはそのまま空気椅子状態で留まると、誰かに後ろに引かれていた椅子をすっと引き寄せて座る。
もちろん表情一つ変えずに。
座ってから左側を見ると、ベリアルは自己紹介中の生徒を見ていて表情に変化はない。
右側を見ると勝ち気そうな女子生徒がわたしを睨んでいて、目が合うとぷいと逸らされた。
多分、キャサリン・アーチャーの取り巻きだ。
キャサリンはわたしをいじめるライバルキャラ設定だから。
入学準備として、祖父の家でわたしはとりあえず体を鍛えた。
もともとインターハイ個人戦優勝、そのあたりの感覚はすぐに馴染み、弱っていた体はじきに筋肉質に変わった。
筋肉がつき、回し蹴りがスムーズに出せるようになると、気持ちが晴れ晴れした。
ビバ、筋肉!
さて、なぜ魔法の練習をしなかったか?
入学時点ではひとつも使えない、が公式設定だから練習しても無駄なのだ。
わたしのパラメーターに『武術』はない。
つまりここだけが事前に強化できるポイント。
わたしの腹筋はとっくに6つに割れている。
ちなみに『魔力』はマックスゲージだけど魔法レベルは1で習得魔法ゼロ。
バランス悪いことこの上ない。
「じゃあ最後は主席入学のランスくん、上手く締めてくれよ!」
ハンス先生の声で注意を引き戻される。
うっかり3人ほど自己紹介を聞き流してしまった。
ぼっちなのだから、早くクラスメイトの顔と名前を覚えないと。
左の席のベリアルが元気に立ち上がる。
やんちゃな雰囲気が残る、熱意にあふれた新入生。
例えるならサッカー部のエース候補新人、みたいな非の打ち所がない爽やかさだ。
「ベリアル・イド・ランス、ダリア魔法学園中等部出身です。気軽にベルと呼んでください。特技は火炎系魔法で、将来は王国魔術師団を目指してます!」
そこまでクラス全体に向かって言ってから、右の席のわたしを見つめる。
「特にミス・マーカー、さっきのは面白かった! ぜひ俺と友達になろう!」
両手でわたしの右手をがっしりと握ってきた!
「え、ええっー!」
思わず彼につられて立ち上がる。
「さっきの返しは見事だった! ぜひベルと呼んでほしい。俺もアリスと呼んでいいかな?」
「い、いえ、お会いしたばかりですし…。」
こんなイベントは知らない。思い出せない。
たしか入学式のイベントは…。
『あらあら、みっともない尻もちね。この前まで庶民だった方はただ椅子に座ることもできませんの?』
『いやですわ、足腰の丈夫さぐらいしか取り柄がないでしょうに、あなたって何もないのね。』
『…お見苦しいところを、申し訳ありません。』
『そんな言い方、失礼だろう!』
高らかに笑うのはキャサリン・アーチャーと取り巻きのリリカ・ノービス。
頭を下げるヒロインをかばうベリアル・イド・ランス。
ベリアルとヒロインの出会いイベントだ。
…さっき、転ばなかったから!
ミスった、と口をパクパクさせるわたしにベリアルが楽し気にセリフを続ける。
「ベル、と呼んでくれるよね? アリス。」
「…ご随意に…。」
力弱く微笑んで答えると、ベリアルの両手が少し緩んだ。
その隙を逃さずに空いている左手で下から裏拳を放り込み、ベリアルの右手を弾き飛ばす。
「どうかなさいました、ベリアル?」
わたしの期待ほどよろけてくれなかった彼の目がさらに楽しそうに輝いたーように感じたのは気のせい?
「はいはい、二人とも座って。自己紹介も終わったことだし、休み時間にするよ~。この後は委員会決めするから、配っておいたプリント読んで考えておいてね~。」
ハンス先生の言葉で、ようやく1時間目はお開きになった。