1年生7月:臨海学校(1)
ハンスの適当さに慣れてきたA組メンバーは、めいめい9時には港にたどり着いていた。
10時に研修所に着くためには結局みんな同じ船に乗るので、港のターミナルで各班点呼をとる。
「マーカーくんがいない?」
レナードからの報告にハンスは聞き返した。
「来てないの?」
「駅からここまで一緒に来ました。荷物もあります。」
「んー、どういうことかな‥。」
D班の他の3人は少し離れたところに固まってやりとりを見ている。
置いてあるバッグは5つ。
「委員長、点呼とってくれる?」
「はーい。」
キャサリンは指差し確認をしながら人数を数えて、ハンスに報告する。
「マーカーさん以外の19人、みんないまーす。」
乗船案内はもう始まっていて、あまり考える時間はない。
「仕方ないねー。君たちは船に乗って。アーチャーくんとノービスくんと、あとランスくんも、みんなをまとめて連れていってくれるー? 僕が残ってマーカーくんを探すよ。」
「それなら俺も残ります。」
「ランスくん、君は生徒でしょー。こういうのは大人の仕事。委員長に協力して、男子のとりまとめよろしくねー。」
ハンスに当然といわんばかりの笑顔で言われ、ベリアルは次の反論ができなかった。
最初は若くて爽やかで、生徒に理解ある教師と思ったけれど、実はかなりしたたかだ。
「ベル、お願い手伝って、ね?」
キャサリンがベリアルの腕に抱きついて、上目遣いで甘えてくる。
ベリアルの不満そうな視線を無視して、ハンスは生徒たちに乗船を促し、残ったアリスの荷物を手にする。
「そうだ、ファンくーん。」
聞き覚えのある名前にベリアルがハンスの目線を追うと、木陰に密やかに護衛官のファンが立っていた。
音もなく近づいてきて、ハンスを睨み付ける。
「生徒の前で。」
「ランスくんはもう知ってるし、いまさらでしょー。生徒だけじゃあれだから、君も一緒に船に乗ってくれる?」
「だが仕事が‥」
「生徒の護衛が仕事でしょ? 学園スタッフ無しで生徒たちを行かせるのはねー。」
「なら俺がここに。」
「君に判断権ないよね?」
ファンが露骨に顔をしかめ、舌打ちをした。
「行くぞ。」
ランスの背を叩き、ハンスに背を向けて船の方へ歩き出す。
「‥あいつは苦手だ。」
「俺も最近、そう思います。」
そんな二人の背に、ニコニコとハンスは手を振っていた。
ボオォーと汽笛が鳴り、生徒たちの乗った船が港を離れていく。
「さて、と。」
ハンスは迷うことなくターミナルの端にある女子トイレ横の倉庫へ向かった。
『関係者以外立入禁止』
扉を開けようとしても動かないのは鍵がかかっているからではなく、扉が壁と凍りついてしまっているからだ。
ハンスは人差し指ですーっと扉の三方をなぞって氷を溶かす。
「アーチャーくん、細かい操作ができるようになったねー。」
魔法は、実は出力を絞るほうが難しい。
扉の縁を凍らせるより扉全面を凍らせるほうが簡単だが、それだとすぐ異変に気づかれてしまう。
扉を押して入ると、扉の陰になる隅のほうにアリスが倒れていた。
ハンスはアリスのそばにかがみ、呼吸を確認する。
ただ眠っているだけのようだ。
微かに甘い匂いがするので、即効性の麻酔薬を使われたのだろう。
アーチャー商会なら簡単に入手できる。
要はキャサリン・アーチャーの嫌がらせだ。
D班のリリカ・ノービスも協力したかもしれない。
キャサリンのアリスへの嫌がらせは地味に続いていた。
ベリアルに気づかれないようにこそこそしているのと、アリスが嫌がらせをほとんど気にしないので、全部キャサリンの空回りだが。
「ランスくんと同じ班にしたかいがあったねー。」
アリスを抱き上げ、ターミナルの救護室へ向かう。
「すみません、貧血を起こしてしまって、しばらくベッドをお借りできますか?」
看護師の女性は奥のベッドにアリスを寝かせ、ハンスに足の方の丸椅子を勧めて、脈をみたり顔色をみたりしてから、必要ならお声かけくださいねとカーテンを引いてから受付へ戻った。
白いカーテンの中、ベッドに眠るアリス。
ハンスは椅子を枕元に動かし、アリスの顔に手を伸ばす。
ゆっくりと、頬に指の腹を這わせる。
目尻から頬、輪郭、顎の先‥唇。
そこから体の中心線をまっすぐに、喉、鎖骨‥制服のリボンタイを解いてブラウスのボタンを外し、胸の谷間からスカートのウエストまで。
スカートごしに腹部に手をあてる。
「ああ‥!」
布ごしに伝わってくる無尽蔵の魔力。
ハンスはアリスの膨大な魔力の片鱗に触れ、恍惚の表情で目を閉じた。
この魔力の海に浸れたら、どんなに幸せだろう。
アリス・エアル・マーカー子爵令嬢。
手にいれたい。
自分のものにしたい。
いやダメだ、聖女なんだから。
ああでも欲しい、欲しい、欲しい‥!




