12月31日:帰還
「…起こしちゃった?」
澄んだエメラルドのような碧色で、ディックがわたしを睨んでいた。
わりと狭い正方形の籠に4人詰め込まれていて、左隣がエリオス、右隣がベリアル。
だから対角線上ーわたしの正面にディックは座っている。
手でちょいちょいと招くから顔を近づけると、たんっと頭にチョップされた。
「ごめんね、うるさかったよね。」
「違う。けどなんかイラっとした。」
不機嫌そうにため息をつくと、強引にベリアルと位置を入れ替えてわたしの隣に座る。
ぐっと押しやられてもベリアルは眠ったままだ。
「起きてたよ。雰囲気悪かったから狸寝入りしてただけ。」
「じゃあなんで…。」
「俺に言うことないの。」
(…心配させちゃったんだろうな。)
頬杖をついてちょっと拗ねたような上目遣い。
出会った時はもっと無愛想だったのに、可愛いって思ったらまた怒らせそう。
1つ年下の、大切な従弟。
「迷惑かけてごめんなさい。」
「別に迷惑じゃない。」
「迎えに来てくれてありがとう。」
「他には?」
「ディックが来てくれて嬉しかった。」
「…まあいいか。」
ディックは納得したのか、籠に背をもたれさせて力を抜いた。
「無事でよかったけどさ、その人なんであんたの居場所わかるんだ?」
『その人』とエリオスを指し示す。
「居場所がわかる魔法があるの。」
「さっき言ってたGPSってやつ? 気持ち悪くない?」
肯定も否定もせず、わたしは微笑んでみせる。
「…あんたが気にしてないならいいか。」
やれやれとあきれたように肩をすくめる。
「あんたが海皇にどっか飛ばされたって連絡きてからあの人の言うことがホントわかんなくて。王都に反応が無いとか、50キロ圏内なら見つけられるから竜を貸してほしいとか。」
ああ、GPSの有効範囲50キロなのね。
でもそれだとフォッグ・アイランドも有効範囲外のはず。
「フォッグ・アイランドに来たのは偶然だったの?」
「どうだろ。『縁のある地』にいるはずだとか、ランス公爵からの情報だったかな。王都にも子爵邸にもいなきゃフォッグ・アイランドしかないって。」
「よくそれで学園長代理が抜けてこれたわね。」
「ウォール先輩が地面に頭擦り付けて頼むから、ファン先生が折れた。竜じゃないと間に合わないし。」
…わあ、まさかの土下座。
あれ、今『間に合わない』って言った?
「間に合わないって、何に?」
「あれ、聞いてない? 今日の正午に学園が封鎖されること。」
「…封鎖?!」
「立方体ごと学園を完全封鎖する準備が整ったんだ。」
「完全封鎖ってどういうこと?」
「ウォール先輩が学園を覆っていた結界の反転起動に成功した。王都中の魔力電池を投入して魔物を学園の中に閉じ込める。海皇も抜けられなかった結界だから、これ以上確実な策はない。」
「何でそんなこと、」
「今夜、戴冠式がある。各国から来賓が来てる中、絶対に魔物を王都へ出すわけにいかないだろ。」
戴冠式!!
「何驚いてるの。国王の退位にはあんたも関係してたじゃん。」
そうだ、海皇様と王国の確執を治めるため、現国王は退位しアルフレッド第1王子が国王に就く。
もう自分のバタバタでそんな国の大節目をすっかり忘れてた。
学園が封鎖されたら、立方体に近づけなくなる?
でも最終決戦のフラグは立ってしまっている。
「封鎖って絶対なの? どれくらい?」
「王命で決まったことだ。とりあえず祝賀行事が終わるまででその後は未定だけど、立方体が在る限り解除は難しいと思う。」
「それじゃ授業はどうなるの。」
「今の状況で出来るわけないだろ。それに学園の立場はかなりヤバい。立方体のことも魔王のことも、学園を責める声は多いんだ。」
「…魔王の復活に学園は関係ないわ。」
「どうかな。何で立方体が現れたのかわからないし、ハンス先生が関係してたのは間違いないみたいだし。」
ゲームだと魔王復活は既定路線で、聖女以外の状況は描かれない。
だけど目の前の危険に大人たちが対処しないはずはなく。
「正午ってあと2時間じゃない。」
「うん、だから俺たちはかなりの無理をして学園を抜けてきた。」
「…ごめんなさい。」
「アリスのせいじゃない。ウォール先輩の我儘に付けとけばいい。」
だけど学園が封鎖されるなら、竜で迎えにきてもらったのは本当に助かった。
船で王都に帰ってたら間に合わないところだ。
(…違う。)
これは間に合わせるための強制力。
(どれだけわたしはみんなを巻き込んで…。)
「…ごめんなさい。」
「気にしてないって。」
「学園についたらみんなに話したいことがあるんだけど。」
「時間とるのは難しいと思う。今話すのじゃダメ? あと10分くらいで着いちゃうけど。」
この展開だと、学園に着くなり魔王戦に突入しかねない。
10分で話しきれる量じゃないけど、せめて危険のある部分だけでも伝えておかなきゃ。
「うん、寝てるところ申し訳ないけれど、聞いてもらいたいです。」
「わかった、俺が起こす。ファン先生にも繋ぐ?」
ディックが翡翠の杖でベリアルの頬を突いている間に、トランシーバーでファンさんに呼びかける。
「もしもし、あの、ファンさんー」
「どうした、アリスー」
急に竜の速度が上がった。
ガクンと籠が傾き、ガタガタと揺れる。
「おい、どうしたっ?!」
わたしたちも慌てて籠の縁を掴んで衝撃に耐える。
「俺の言うことを聞けっ!!」
「『飛行』の準備をしてください。」
起き抜けでもエリオスの声は優雅だった。
「ランスくんはファン先生のサポートを。この中では君が一番飛べますから。」
「…了解。アリスを頼みます。」
この場で自力で飛べないのは、ファンさんとわたしの2人。
エリオスはすっとわたしの手を取る。
「ちゃんと守ります。ブレイカーくんは自分で対応できますよね。」
「この速度はキツイだろ。ってか、これ学園に突っ込む気か?!」
強風に耐えて細く開いた目に映るのは漆黒の立方体。
斜め上から突っ込むような角度で白竜が一直線に羽ばたいていく。
「ちゃんとよけてね、アリスくん。」
…明るく、どこか軽薄な声が響いた。
「『黒十字斬』」
わたしの手を取っていたエリオスの腕が宙に舞った。
十字に割れた籠と、白竜の腹に刻まれた深い傷。
スローモーションのように四方に飛び散るみんなが見える。
(治療をー)
伸ばした右手は誰にも届かず、わたしの身体は真っ直ぐに立方体に墜ちた。




