12月31日:針路
安心したのか、エリオスも毛布にくるまって眠ってくれた。
冬の海の上はかなり寒くて、籠に置いてあった毛布が頼みの綱だ。
わたしも毛布にくるまれながら、スカートのポケットに入れた懐炉で指先を温める。
前にベリアルから貰った、魔石の破片で試作した懐炉。
魔力を込めることで繰り返し使える携帯懐炉だ。
記憶を失くしていたのに、ベリアルから貰ったこれをレースのハンカチに大事にくるんで持ち歩いていたとか。
(我ながら可愛いことしてるし。)
ディックと兄弟みたいに寄り添って眠るベリアルの眉間には皺が寄っている。
(変な夢見てるのかな?)
皺に指を伸ばしかけたとき、エリオスの方からピー、ピー、と小さな電子音が聞こえた。
「…ォール、ウォ…」
くぐもった声がするので起こさないようにそっとエリオスの服を探ると、トランシーバーのような物が音を出していた。
「ウォール、応答しろ。」
ファンさんの声がするので、チカチカ光るボタンを押して話しかけてみる。
「あの、アリスです。」
「ウォールはどうした。」
「ちょうど眠ったとこで…。」
「はあ?!」
チッと苛立った舌打ちの後、ふうっと息を吐く音が聞こえた。
「ブレイカーは?」
「みんな眠ってしまって、わたしだけです。」
「…わかった。着く前にまた連絡するから、それまで寝かせてやれ。」
「はい。」
上を見ても白竜の立派なお腹があるだけで、その背で手綱を握るファンさんの姿は見えない。
ファンさんとの通信用トランシーバーに、みんなを起こさないよう小さな声で返事をする。
「お前も寝てていいぞ。」
「わたしはぐっすり寝たんで元気です。」
「そうなのか? …ランスは寝てないみたいだったけど。」
セリフの後半がよく聞き取れなくて、聞き返そうとしたらファンさんが囁くように言った。
「…元気なら俺の話に付き合ってくれないか。」
「あ、はい。わたしでよければ。」
「お前に聞いてほしいんだ。」
それからひと呼吸、ふた呼吸。
迷っているのか、ファンさんらしくない間が空いた。
そして冷たい海の上で、白竜の羽ばたきと流れる風の音に埋もれることなく。
「俺は、学園長の孫なんだ。」
静かに、だけど鮮明に、ファンさんの声がわたしの頭に響いた。
(ああ、そうだったんだ…。)
立方体との防衛戦が進むうち、ファンさんが真っ白のスーツを着るようになった。
長い前髪をきゅっと後ろで結んで、露になった深いアメジスト色の瞳に目を奪われるけど、周りに指示をとばす姿は誰かを思い出させた。
ダリア魔法学園の学園長に似ていたんだ。
「学園長は両親が死んで独りになった俺を育ててくれたけど、俺は先天的に魔法が使えなくて、ダリアにも入れなくて。こんな俺が孫だなんて言えなかった。」
素性を隠してたのは他にも理由があって。
たかが貧乏男爵家に臆して祖母と添い遂げなかった意気地なしの学園長だけでなく。
ギャンブルに溺れて自殺した入り婿の父や、耐えきれず後を追ったお嬢様育ちの母や。
とにかくウッド男爵家という存在が嫌で、人から隠れるように生きてきた。
珍しいアメジスト色の瞳は、魔力過剰者の証。
魔法変換できない以上無駄でしかない瞳の色を前髪で隠して、何とか魔力の技能変換を習得して。
隠密系の技能が性に合って何とか独りで生きていけると思っていたのに。
いざ祖父に密命を与えられて胸に生まれたのは、今更という反発と、役に立てる喜び。
「そして学園長に命じられるまま、俺は素性を隠してずっとお前の監視をしていた。」
「監視? わたしを?」
「ああ、学園長だけに語り継がれる聖女ダリアの遺言がある。」
聖女ダリアが魔王に殺されたときに残した予言。
ーいつか『アリス』が魔王を殺してくれるわー
学園長が倒れてその代理を任されたとき、この遺言も知らされた。
その時にはもう魔王が復活していて、守るべきダリア魔法学園に魔物を喚ぶ暗黒の立方体が発現して王国への脅威となりつつあった。
そして『アリス』と『魔王』が揃った今、『聖女ダリア』の予言が正しいのだとしたら。
「俺はずっとお前を見ていて、自分が恥ずかしくなった。」
いつだって正々堂々と自分の足で立とうとするアリスは、父親である聖戦の英雄『ジャスパー・イオス・マーカー』の真実からも逃げなかった。
レベル1から始まった学園生活だって、必死に勉強を重ねて実力をつけていった。
莫大な魔力と魔法は、いつだって他人のために振るわれる。
どこか自分と似た境遇の少女が、真っ直ぐに自分を見つめてこの紫の瞳を『綺麗』と言ってくれたとき。
「ちゃんと自分の人生を生きたいって、そう思えたんだ。」
だから素性も、名前も、顔も。
周りにさらけ出す覚悟が持てた。
「俺はフレッド・ファン・ウッドだ。よろしく。」
「知ってます。前教えてくれましたよね。」
「肩書はダリア魔法学園学園長代理だ。」
「それは初めて聞きました。学園長と同じスーツ、お似合いだと思います。」
「そうか、ありがとう…アリス。」
機嫌良さげな声で急に名前を呼ばれて、何だかむず痒い。
「…わたし、ファンさんに何かしました?」
「お前を見張るのが楽しかったっていう話だよ。」
こいつらには内緒な。
そう囁く声が楽しそうで、わたしはファンさんの笑顔が見えた気がした。




