12月31日:資格
アリスが好きだ。
一睡もできていない微睡む頭を壁にもたれさせ、ベリアルは微かに聞こえるシャワーの音に思考を沈める。
隣で眠るアリスの吐息を必死に気にしないように、固く背中を向けて朝まで耐えた。
ふと体温が消えたのを感じて様子を覗き見たら、薄暗い部屋でアリスが『舞って』いた。
アリスの全身から立ち昇る魔力が、無駄の無い動きで手足に集約していく。
ベリアルに向けられた、華奢だけど凛とした背中。
真っ直ぐ前を見つめるブルーグレイの瞳。
アリスがベリアルの一番守りたい存在だと気づいたのは、大神殿の誹謗中傷から彼女を守るため、父親に頭を下げた時だった。
ランス公爵家として大神殿に盾突く代償に、父から提示された条件。
『魔術師団への入団を諦めろ。』
自分自身の力でアリスの笑顔を守りたかった。
だけど一人前になるまで世間は待ってくれない。
これ以上アリスを権力の手垢にまみれた汚い大人たちに触れさせてなるものか。
条件を快諾したベリアルに、父親はただ『それでいい。』と告げた。
『お前はちゃんと自分の気持ちに向き合うべきだ。』
…きっと、もっとずっと前からアリスのことが好きだった。
だけどそれを認める勇気がなかった。
一昨年の夏、ベリアルはアリスを見捨てた。
何か困りごとを抱えた貧しい少年を、父親に頼んで雇ってもらってもいいかななんて。
自分の力で助ける気もなく、どこまでも上からの態度。
最後に渡した『破邪の指輪』だって、両親がベリアルのために創ったものだ。
『破邪の指輪』はその人のことを想って魔力を込めなければならない。
両親がベリアルのために創った『破邪の指輪』をアリスに渡したことが、己の幼稚さを象徴している。
不意の昏倒から目覚めた後、事情を話さない父親に食い下がる勇気もなく、ただ湖畔に通って彼との再会を夢見ていた。
とっくにダリア魔法学園で彼と再会していたのに。
こんな俺に、アリスを好きになる資格なんてない。
あの夏からやり直したくて、ベリアルはアリスのための『破邪の指輪』を創った。
アリスの母親を殺したシスターマリアの捜索隊に志願したのも同じこと。
奪われたアリスの魔装具2点を取り返したけれど、指輪の方は『歓喜』の魔力に汚染されていて、まだアリスに返せていない。
少しでもアリスに相応しい自分になりたくて、父親に師事して実力を磨いた。
そうして生誕祭で『破邪の指輪』を渡して、アリスに告白するつもりだった。
だけどアリスは、エリオスに贈られたドレスを纏って会場に現れた。
エリオスは一途にアリスへの好意を示していた。
ウォール公爵家の跡取りで成績優秀な前生徒会長、自分で事業も展開しているハイスペックエリート。
片や自分は同じ公爵家でも三男坊、そのくせ父親に頼らないと好きな女の娘を守ることもできないひよっこだ。
アリスがエリオスを選ぶのは当然だと思った、のに。
「なんで、アリスは俺を好きだなんて…。」
生誕祭の夜に学園の記憶を失ったアリスは、これまでの貴族令嬢な態度をやめて無邪気な村娘に戻っていた。
忘れていた母親の、家族の死を突き付けられて、混乱であの夏の思い出に縋ってしまったのだとしても。
今ならアリスが手に入る。
それはこのうえもない誘惑だった。
抱きしめたい衝動に一晩中悶々としながら耐えきったものの、心も体もぐったりと疲れ切っている。
そんな気分で目に飛び込んできたアリスはやっぱり綺麗で。
(好き、だなぁ…。)
だから、ちゃんと向き合いたい。
記憶が欠けていてもアリスはアリスだった。
自分のことより人のことばかりで、困難から逃げずに馬鹿正直にぶつかって。
そんなアリスの背中を支えて、ずっと隣に立っていられるような男になるまでは。
気が付くとシャワーの音が止んでいた。
じきにアリスが部屋に戻ってきてしまう。
ベリアルはのろのろとベッドから降りると、部屋の隅の籠に放り込んでいた制服を手に取った。
ネクタイを締めてもあまりシャキッとしない。
もうこれ以上考えることが嫌になってきているけれど、ここフォッグ・アイランドから王都に帰る金が足りない。
(一度うちの別荘に行って家に連絡するか…?)
だが父親も海皇に飛ばされていたし、連絡が繋がるだろうか。
そもそも学園だって異常な状況だ。
自分たちが学園に帰っていないことに気づかれていないかもしれない。
(しっかりしろ!!)
助けが望めないなら、自分で何とかするしかない。
ぼうっとする頭を振りながら、ベリアルは窓にかかっているカーテンを勢いよく開けた。
冬の澄んだ朝日が部屋に入ってきて、眩しさに目を細めたその窓の外に。
「…見つけたぞっ!!」
「っなんで先輩がっ…!!」
「『発破』」
バンッと破裂音がして壁ごとガラス窓が中へ崩れ落ちた。
砂埃が外気に巻き上げられ、一瞬視界が途切れた隙に襟元を締め上げられる。
「アリスとやったのか!!」
「はぁっ?!」
この人がこんな台詞を吐くなんて誰が想像しただろう。
(やるわけねぇだろ!!)
ベリアルは締め上げてくる手を掴むと、怒りにまかせて『炎』を発動させる。
熱さで手が緩んだところを思い切り腹を蹴とばし距離をとった。
「いきなり踏み込んできて何言ってんだあんた!!」
ベリアルも怒声を上げて炎の剣を突き付けた。
王都の学園にいるはずの、エリオスの胸元に。




