12月31日:”アリス”
(ん…。)
肌寒さを感じて毛布を引っ張ると、何かに引っかかって動かない。
そっちに顔を向けると、すぐ傍にベリアルの後ろ頭があった。
(そっか、わたし寝ちゃったんだ…。)
恋人同士が使うそういう宿。
当然シングルより少し幅があるベッドがひとつしかなくて、毛布も1枚だけ。
ベリアルは床で寝ようとしたけれどとてもそんなことはさせられなくて、お互いの身体が触れないようすごく気を遣ってベッドに二人で横たわった。
壁と私に挟まれて窮屈なのに、窓際の方が寒いからと壁側を譲らなかったベリアルは、背を向けたまま全然動かない。
好きな人と一緒のベッドで眠るなんて初めてのことで、緊張で眠れる気がしなかったけど。
やっぱり昨日はいろいろありすぎて、ベッドの中で感じるベリアルの体温に安心して眠ってしまったみたいだ。
(…なにも、なかったよね?)
小説や漫画でよくある、戦い前夜の最期の思い出。
ベリアルとなら、それも。
(ダメダメダメ!!)
枕もとの時計を見ると、朝の六時すぎだった。
ベリアルを起こさないよう、そっとベッドを降りる。
…とても好きな『形』がある。
空手を初めて美しいと思った、形。
両腕を構えて軽く一礼をし、吸い込んだ息を吐きだしながら右拳を突き出す。
突き、受け、蹴り、構え、と自分の呼吸だけを感じて身体を動かしていく。
『突き』で大切なのは手先だけじゃない、足先、膝、腰、背中、肩、肘、そしてその先にある拳まで一瞬で力を届ける。
一手目が外れても二手目、三手目を繰り出すために、自分の軸を、呼吸を意識し続ける。
「はっ!!」
右手の突きは、『遠野亜里朱』が何千回も繰り返したもの。
今その拳には聖女『アリス・エアル・マーカー』の治癒の力が宿っている。
そして左手には魔核を持つ『アリス・トーノ』の破壊の力が。
丹田に意識を集中すると感じる、魔王の『魔核』。
もう自分でもわたしの力がわからないけれど、形を舞うとこの3つの力が当然のようにわたしの身体に修まっていく。
これは、わたしが『アリス』であるための儀式。
最後の動きが終わり、ふうっと息を吐きだすとパチパチと小さな拍手が響いた。
「…すごい、綺麗。」
ベリアルが壁に背をもたれかけてわたしを見ていた。
赤毛の髪がくしゃくしゃになって、ぼさっとした前髪から覗く瞳はまだとろんとしていて。
「やっぱり、アリスは綺麗だなぁ…。」
(…ずるい。)
整えた心が、あっさりと乱される。
わたしを振ったのに、それなのにそんな優しそうに笑うなんて。
「…すみません、起こしてしまいましたわね。」
「え、あれ、アリス…?」
ベリアルはパチパチと瞬きをすると、部屋の様子や自分の服を見てぐしゃっと頭を抱えた。
「そっか、そうだった…。」
「あの、ベリアル?」
「アリスさ、着替えてきたらどうかな。シャワー使ってもいいし。」
焦ったようなベリアルの姿に、わたしは自分の着ている服を思い出す。
昨夜は着ていた制服と下着は浴室のランドリーに放り込んだまま、部屋にあった寝間着を着て上からガウンを羽織って過ごした。
そして動きやすいようガウンを脱いだ今、かなり恥ずかしい恰好で立っていることになる。
「あ、はい、すぐ着替えますね!」
「俺も着替えるから、ゆっくり使っていいよ。」
「そう、そうですね!」
パタパタと逃げるようにバスルームに飛び込み、シャワーの栓を捻った。
シャーッと響く水音と湯気の中、ペタンと床に座り込みバスタブの淵に頭をのせる。
(やっぱり、ベリアルが好き。)
アリス・トーノの記憶がどうも曖昧だった理由が、今ならわかる。
学園に入る前から攻略対象を好きだったら物語が始まらない。
『ダリア魔法学園物語』の主人公として攻略対象たちと恋愛イベントを過ごすのに、この恋心は邪魔だったんだ。
―『聖女』と共に魔王と戦う『騎士』は、必ず魔王に殺される―
バッドエンド、ノーマルエンド、トゥルーエンド全部に共通するシナリオ。
「っていうか、わたしのこと好きじゃないのに…。」
最後の恋愛イベント『ラストダンス』。
これをクリアしたベリアルは、きっと魔王との戦いに巻き込まれてしまう。
(ちゃんと話そう。)
ベリアルが死ぬ未来を変えられないのなら。
…蘇生できたとしても、優しい彼はきっとわたしへの恩義に縛り付けられてしまう。
わたしが、ベリアルが、それぞれの人生に進むために。
「絶対、倒してやるんだから。」
頭から熱いお湯を浴びながら、わたしは右拳を握りしめた。
わたしはアリス・エアル・マーカー子爵令嬢。
復活した魔王を倒す『聖女』。
わたしはアリス・トーノ。
魔王の『魔核』を宿す魔属性魔術師。
わたしは遠野亜里朱。
インターハイ優勝の女子高生空手家。
全部を懸けて、『ダリア魔法学園』に陣取った魔王を倒してみせる!!




