1年生7月:授業(4:生物)
7月になり梅雨が明けて、学園の雑木林では蝉の大合唱が始まっている。
急に暑くなって、制服が半袖になって、スカートも生地が軽くなった。
入学して3ヶ月、わたしのステータスはこんな感じ。
アリス・エアル・マーカー(レベル10)
称号:聖女(仮免)
HP:(レベル25から解放)
MP:9,999
魔法攻撃力:200
魔法防御力:500
魔法属性:聖
修得魔法:『復活』(MP消費5,000)、『蘇生』(MP消費500)、『治癒』(MP消費10)
装備:学園の制服(夏服)、指定靴、節約の腕輪(MP消費4/5)、聖女の護印、聖女の刻印
所持品:MPポーション(銀)×3
レベルが上がらない‥。
1年生が終わるまでにレベル30に届きたい。
ベリアルがレベル23と言っていたけど、多分学年トップレベルだと思う。
「むー…。」
教室の自分の机の上に突っ伏してうごうご唸る。
このままのペースじゃだめだ。レベルを上げるにはどうしたらいいんだろう。
「アリス、おはよう。」
わたしの頭をぽんっとして、ベリアルが隣の席に着く。
「もうすぐ授業が始まるよ、起きたら?」
「ええ、おはようございます。」
顔を上げて髪を整える。
「今日もお元気ですね。」
「そう? 俺はいつもこんなだよ。アリスはなにか悩んでる?」
「そんなことありません…あら、先生がいらっしゃったわ。」
今日の午前中2コマは生物学。
この世界の生き物は、元の世界と同じような動物や昆虫と、いわゆるモンスターが生存している。
スライムやゴブリンのような生来の魔物と、羊や牛が魔力を吸収して魔物化した生物。
強大な魔力を浴びると脳が変質し、筋力が増大し、性質が凶暴になって他の生物や人間を襲うようになる。
魔物化するのは動物だけでなく人間も同じで、こちらは『魔人』と呼ばれる。
膨大な魔力を持つ魔王の存在が社会に混乱をもたらしたのは、その魔力の影響で次々に魔物化、魔人化した生物が人の街を襲うようになったからだ。
「生物として道を外された生き物は、殺すしかない。」
マッチョぎみの男性教師が教科書の資料を指す。
「そうして人間対魔物の戦いが始まり、魔人が魔物の指揮を執り始めると、力で統率された魔王軍の力は凄まじく、あっという間に小さな村は消えた。グールと化した村人たちを元に戻すことができず、このことを重くみた王国は魔王軍と全面戦争に入る。」
教科書にはグールの図解が載っている。
人と近いが、本質的に変異してしまった魔物。
「生物学は魔物化してしまった生物を元に戻すことが至上命題だが、魔物を研究することで有効な退治方法もわかる。それでは魔物の特徴と有効な対策を学んでいくぞ。」
イマリとランチを食べて、午後からは地下練習場で魔物退治のシミュレーション授業だ。
アリーナでは魔物を召喚して実践を行うが、地下練習場では魔物の映像を使った対策授業を受けられる。
VRゲームみたいな感じ。
魔法を吸収するボックスなので、中で魔装具を使っても大丈夫。
魔法攻撃力が200に上がったから、ナックルで殴れば魔物にも有効なのかもしれない。
(クラスメイトたちの前で披露する勇気はないけどね。)
シミュレーション授業は記録が残る。
わたしは魔物の攻撃をさりげない体さばきでかわし、ご令嬢スタイルのままクリアすることに全力を注ぐので、あまり面白くない。
岩の陰からピョンピョンとスライムが近寄ってくる。
(やっぱり正拳突きを…いやいや、我慢しなきゃ!)
「きゃあっと。」
スライムをかわしながらついでに蹴とばしておく。
ああ、フラストレーション!
「ねー、ノワールもそう思うよねー。」
放課後にいつもの森の奥で、黒毛もふもふ仔犬のノワールを撫でまわす。
ノワールの目は相変わらずもふもふの毛で見えないけれど、多分喜んでくれてる?
「ノワール、ちょっと大きくなったよねー。」
餌をあげちゃだめと言われているけど、なにかおやつ持ってきてあげたいな。
「ノワールは何が好きかなぁ。」
ノワールはわたしの手をペロペロ舐めていたけど、何か聞こえたのか垂れている耳を動かして森の奥へ走っていってしまった。
「あーあ、行っちゃった。」
池の柵に寄りかかって空を見上げる。
木々の隙間に見える空はからっと晴れた初夏の色。木葉を揺らす風が心地よい。
んーっと両手を頭の上にあげて伸びをする。
バキッ…。
「わわっ!」
背中の柵の板が割れて、尻もちをつくように池の方へ倒れこみー。
ざぶんっ!
豪快にわたしは仰向けに水しぶきを上げていた。
「あーあ…。」
「あんた何やってんだよ。」
ずぶ濡れのわたしを冷たい目で見下ろすのは、ひとつ後輩のディック・メイビス・ブレイカー。
「何でここに…。」
「あんたが大きな声で叫ぶから見に来てやったんだろ。」
「あんたって、だからわたしがひとつ先輩で。」
「俺の方がレベル高いし、ほら。」
ディックは持っていた本をベンチに置いてわたしに手を伸ばす。
「レベルって、いくつなのよ。」
「18。」
「‥ありがとうございます。」
わたしは素直にディックの手を取って起き上がる。
「ほんと、あんた鈍くさいな。」
ディックはポケットからハンカチを出すと、わたしの顔の水滴を拭きとってくれるのだけど。
彼の左手がわたしの顎に添えられて、何だかこそばゆい…!
「動くなよ。」
ディックは小柄でわたしより背が低い。
「ほら、目を閉じろ。」
瞼や鼻筋をディックの手が丁寧に滑っていく。
ハンカチが顔から離れたのでそっと目を開けると、すぐそこにディックの顔があって。
吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳。
まるでわたしが彼にキスしようとしてるみたいな距離。
「!!!」
「何で急に下がる?」
変な奴、と呟きわたしの頭のてっぺんからつま先まで眺めてからまた一歩近寄る。
「なに?」
「その透け方じゃ戻れないだろ。」
透け方?
ずぶ濡れになった白いブラウスの胸元をとっさに両腕で覆う。
固まったわたしを、ディックは真正面からぎゅっと抱きしめた。
「えっ、あのっ…!」
「『気化』。」
わたしの体からぼわっと湯気が上がり、一瞬で髪も服もほとんど乾いていた。
「これなら帰れるか。」
なんだ、抱きしめたのは魔法のため。
「あの、いろいろありがとう。」
「じゃあな。」
ディックはわたしの体から離れ、ベンチに置いた本を取って小路へ戻りかけて振り返る。
「顔真っ赤。」
その攻略キャラの綺麗な顔立ちで、してやったりの笑顔なんて、ほんと反則なんだから!




