1年生6月:迷宮(3)
「ちぃっ!」
ファンは舌打ちすると、仕掛けが閉じようとするその暗い穴に迷わず飛び込んだ。
彼女の上に落ちないよう斜めに落下して受け身をとる。
ぎぎいっと床の仕掛けが元に戻ると、落ちた先の部屋は真っ暗になってしまい何も見えない。
「おい、いるか?」
返事はない。そう離れていないはずと周りを探ると、すぐそばに倒れ伏している誰か。
(これか?)
そっと近づいて手で輪郭をさわる。
「うう…。」
彼女のかすかなうめき声がした。
「大丈夫か?」
多分彼女だろうと思うそれを抱きかかえようとし、ファンはそれとは全く別の方向から人の気配を感じた。
誰か他にいる。
目をこらしても暗闇の部屋でうまく判断できない。
(見えない方が不利か。)
ファンは手持ちのマジックアイテムから小型のカンテラを取り出すと、スイッチを入れて気配のする方へ放り投げた。
一度起動すると約10分間続く魔法の明かりが真っ暗な部屋を広範囲に照らし、近寄ろうとしていた男たち3人の姿を浮かび上がらせる。
「うおっ!」
男たちは眩しさに声を上げ、はめていたゴーグルを床にたたきつけた。
暗視用ゴーグルだろう、不意な明るさがダメージを与えたようだ。
彼女を背中にかばいながら、状況を確認する。
ここは5m四方くらいの狭い部屋で、ぱっと見たところ落ちてきた天井以外出入り口がわからない。
ダンジョンのごつごつした壁とは違いつるっとした無機質な人工物で、トラップ用の隠し部屋のようだった。
男たちは服装や装備から冒険者のように見えたが、暗視用ゴーグルといい、腰に下げた剣といい、こちらを襲う意図がみえみえだ。
つまりは倒すべき敵。
「…『治癒』…。」
彼女が自分で治癒魔法を唱えるのが聞こえた。
「そのまま座ってて。」
ファンは彼女に指示すると、男たちに向かって拳を構える。
3対1だが負ける気はしない。
恐らく冒険者崩れの追いはぎだろうと、ファンは予想していた。
ダンジョン内で魔物ではなく冒険者を狙って身ぐるみをはぐ、そんな連中がいると聞いたことがある。
ダンジョンは必ず1日で攻略する必要はなく、一度入坑すると数日間入っていても構わない。
最悪出てこなくても、管理側は中で死んだものと処理して探したりはしない。
今日はまだ誰もダンジョンに入っていないとのことだったから、昨日か一昨日か先に入坑していたのだろう。
「ふうっ!」
ファンは短く息を吐くと、先頭の男へ一気に間合いを詰めた。
相手の剣の方がリーチが長いが、抜く暇を与えずに懐へ潜り込むと、掌底で男の顎を下から突き上げた。
「がっ…。」
顎を殴られて脳を揺らされた男は立っていられずに膝から崩れ落ちる。
その後ろの男の側頭部に回し蹴りを叩きこんで吹っ飛ばすと、これで残り1人だ。
「何だお前…。」
一瞬で1人になってしまった最後の男は、長剣を抜くとファンに突き付けた。
「大人しくやられてろよ!」
叫ぶとファンに切りかかる。
キィンと長剣と短剣がぶつかり、澄んだ音をたてた。
長剣を次々に繰り出すが、ファンが全部を短剣で受け、さばいていた。
「この、この、この、このっ!」
怒りで攻撃が単調になり読みやすい。
かわしながらファンは相手の足を引っかけた。前のめりに男ががよろけ、たたらを踏む。
その腹にファンの膝蹴りが深く入った。
「ぐぼぉっ!」
男が悶絶して床に転がる。
「出口は。」
ファンは男の胸元を乱暴につかみ上げて凄んだ。
「そと、の、仲間、が、」
「開けさせろ。」
男はこくこく頷くと、胸元から笛を出して強く吹いた。
『ピイイイイイー!』
耳をつんざく大音量にファンが思わず耳をふさいであとずさりする。
男はひるんだファンを突き飛ばし、座ったままの彼女へ手を伸ばした。
胸元を背後から羽交い絞めにし、のど元に剣を突き付ける。
「短剣を捨てろ。」
ファンはいら立ちを隠さず、短剣を乱暴に投げ捨てて両手を上げた。
(人相手は面倒臭い!)
魔物なら斬って終わりなのに、人だと殺さないように手加減が必要になる。
程よく戦闘不能にするよりも一撃で殺してしまった方が楽だ。
そもそも、そんな訓練ばかりだったのだから。
男は彼女を立たせると、距離をとりながら壁の方へあとずさりする。
倒せない距離ではないが、彼女に突き付けられた剣が邪魔だ。
男が壁を3回叩くと、壁の一部がすっと扉の形に消え、また別の男が顔をのぞかせる。
(あれが出口か。)
先に相手をした2人は意識を失ったままだが、1人だけ逃げるつもりらしい。
聖女を連れて逃げられるわけにはいかない。
ファンは体内で気功を練り、密かに拳に力を集中させる。
彼女ごと吹き飛ばすのもやむなし、と彼女の顔を見ると。
タン、カラン、スパン!
子気味いいリズムで音が響き、あっという間に彼女が男を蹴り飛ばしていた。
唖然とするもう1人にも肘鉄を喰らわせ、さらに腹へ膝蹴りを叩き込んで男たちを小部屋の中に転がす。
「ファンさん、外へ!」
とっさに扉のようなところから出ると、そこはダンジョン内部のようだった。
男たちが使っていたのかカンテラが設置されていて明るく、ダンジョンの中なのにほっとしてしまう。
扉のような穴はまた壁に戻ってしまった。
「…これ、どうやったら開くんでしょうね?」
「ウォールに聞いて。」
ファンはダンジョンの壁にもたれかかるように座り込む。
彼女も隣に座った。
「落ちたところ、痛いか?」
「魔法かけたから平気です。ファンさんは大丈夫ですか?」
「俺は慣れてるから。お前さ、武術何かやってる?」
「空手…ですかね。」
「カラテ…?」
ファンが近寄ってきたスライムに短剣を投げる。
「‥悪い、ちゃんと守れなかった。」
「いいえ、守ってくださってありがとうございました。」
ああ、そういえば初めて真正面から彼女の笑顔を見たかもしれない。
「お前、変わってる。」
「アリス、です。」
彼女は笑った。
「アリス・エアル・マーカーです。」
「…フレッド・ファン・ウッドだ。」
どうして本名を伝えたくなったのだろう。
どうして名前で呼んでほしいと、思ったのだろう。




