1年生6月:魔道具
紫陽花が学園内に彩を添える雨の季節。
模擬戦のバタバタから2週間、再開した学園で1年A組は通常稼働している。
変わったのはみんながハンス先生の笑顔を怖がるようになったくらいで、復学したキャサリンも相変わらずだ。
アリーナは調査のため封鎖されてしまい、また魔物出現の原因が魔力磁場の乱れのためじゃないかとの噂で、しばらく実技講義が取りやめになってしまった。
座学ばかりで実技がないとレベルが上がらない。
だからわたしのレベルは模擬戦で上がったときのまま。
アリス・エアル・マーカー(レベル10)
称号:聖女(仮免)
HP:(レベル25から解放)
MP:9,999
魔法攻撃力:0
魔法防御力:0
魔法属性:聖
修得魔法:『復活』(MP消費5,000)、『蘇生』(MP消費500)、『治癒』(MP消費10)
装備:学園の制服、指定靴、節約の腕輪(MP消費4/5)
所持品:MPポーション(銀)×3
ハンス先生から『復活』は秘密と言われたけど、MP5,000も使う魔法、わたしもほいほい使えるわけなく言われた通り秘密にしている。
あの時は『蘇生』を2回、『復活』を1回使ったので、MPがフル回復するまで丸3日かかった。
だけど称号『聖女(仮免)』…仮免って、この世界でどういう位置づけなんだろう。
所持品のMPポーション3個は、キャサリンの父親からA組全員にお詫びで配られたもの。
MPを100回復する薬で、1本銀貨1枚なので『銀』らしい。
1,000回復する分は金貨1枚で『金』と呼ばれる。
‥1本10万の消耗品‥はちょっと無理だなぁ。
貰ってももったいなくて使えない。
さらにわたしは『節約の腕輪』を贈られた。
MP消費量が4/5になるというマジックアイテムで結構貴重らしいけど、ネーミングが気に入らない。
だってねえ、女子高生で『節約』ってねえ。
マジックアイテムなんだから、もうちょっとカッコいい名前つけてほしいよね。
こんな状況で当面は座学の講義ばかりなので、委員会活動の無い放課後は図書館で自習するようにしている。
「計5冊、1週間の貸し出ね…学生証出して。」
今日の図書館の受付当番はベリアルだった。
「そろそろ基礎の本は読み尽くしたんじゃない?」
「‥知らないことが多すぎて、何から学んだらいいのか困っているんです。」
みんなが魔法学園中等部で学んできた魔法の知識。
魔法の名前とか属性とか相性とか、誰もが知っている基礎がわからなくて辛い。
今のわたしは、赤信号って止まらないとダメなのね、というレベルで常識が無いらしい。
「アリスは頑張ってる。中等部レベルのことならすぐに覚えられるさ。」
学生証を返すとき、ピンク色のキャンディーをひとつ、一緒に渡された。
「はい、次の方どうぞ。」
後ろの人のために横によけて、借りた本を生成りの布バッグに入れて図書館を出た。
今日は久しぶりに雨が上がったから、寮に帰る前にちょっと寄り道をする。
「ノワール、ノワールー!」
中等部とつながる小路の奥の森、わたしは時々、こっそりここの池に来ている。
ファンさんに入るなと言われたけど、奥まっているからか他に誰にも会ったことがなくて、わたしの秘密の憩いの場所。
真っ黒な仔犬のノワールはいたりいなかったり。
呼ぶと池の反対側、真っ赤な紫陽花が咲いているあたりからノワールが駆けてきた。
「ふふっ、久しぶりねー!」
首のあたりを両手でもふもふ触ると、ペロンとノワールがわたしの鼻を舐めた。
「可愛いー!」
抱き上げようとするとするりと逃げるけど、また足元にすり寄ってくれる。
わたしが木のベンチに座るとその下にもぐりこみ、しっぽでぽふん、ぽふんとじゃれつく。
ノワールのぬくもりにほっとする、癒しの時間。
「よかったらちょっと読書につきあってね。」
『魔道具辞典』
ポピュラーな魔道具をイラスト入りで紹介する初心者向けの辞典で、中等部の必須テキストだと聞いて借りてきた。
魔道具はポーションや魔法の札、魔法で強化されたロープなどで、回復系、補助系、強化系に分類される。
ポーションが一番流通していて、HPポーションもMPポーションも『銀』は100、『金』は1,000回復する。
さすがにポーションはわかるけど。
「補助系、強化系がよくわかんないんだよね…。」
素早さをアップするのは補助系、攻撃力をアップするのは強化系になるらしいけど、どっちも似たような感じに思える。
辞典に載っている分類で丸暗記するしかないかな。
ページをぱらぱらとめくっていくと、『退魔系』というカテゴリがあった。
魔族に効く魔道具?
銀の十字架、聖水、結界石、聖痕(罠)、退魔の札、魔封じの糸、などなど。
一番最後に掲載されていたのが、『封魔の杭』。
『封魔の杭』:心臓に打ち込み魔王を封印する(入手、製造方法不明)。
「これって、ヴァンパイア退治の方法?」
何冊か魔王や魔王軍侵攻に関する本を読んだけど、どれにも『魔王』とあるだけで種族とかその姿について記述がなかった。
なんでだろう?
ゲームでは復活した魔王とすぐバトルに突入しちゃって、よくあるRPGのバトル画面だった。
魔王の細かい設定って‥覚えてないなぁ。
と、カラーン、カラーンと夕方6時を知らせる鐘が鳴った。
寮の食事は6時30分から。
お腹すいたなと思って、ベリアルからもらったキャンディーを口に放りこむ。
「お礼、ちゃんと言えばよかったな。」
頑張ってると言ってもらえて、かなり嬉しかった。
「また来るねー。」
わたしはノワールに挨拶をして寮に戻った。