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2年生8月:アリス・トーノ

木陰に敷かれたシートに座って、ベリアルがお弁当箱を広げた。

「少し早いけど、お昼ご飯どうかな?」

重箱に詰められているのは、おにぎりと卵焼と唐揚げだった。

お茶の水筒も渡してくれる。


「すごく用意がいいですね‥。」

「そう? 前もよくこうして一緒に食べたよね。」


約束してたわけじゃないのに、彼はいつもパンやお菓子を多めに持ってきて、わたしに分けてくれていた。

「どうしてこんなに持ってきてるの?」

「いつも準備しているのに忘れた日に限って会っちゃうみたいな。『マーフィーの法則』だっけ?」

「それがどうして‥。」

「明日はここにこれる最後の日だったから、手ぶらで来るつもりだった。」


「‥法則、外れましたね。」

「そうだね。でも君に会えたから願掛け成功かな。」

すっかり綺麗に手入れされた祠には、お水とお花が供えられていた。


願掛けとかマーフィーの法則とかおにぎりとか。

ママに不思議がられた前世の記憶。

(ああ、そうだった‥。)


水筒のお茶が冷えていて美味しい。

「‥冷たい。」

「魔法で冷やしてるんだ。」

「魔法使えるっていいですね。」

「今はアリスも使えるだろ?」


「ほんとに、ここで会ってた人はベリアルだったんだ‥。」


ママに後ろめたく思いながらも、彼と会うのが楽しみだった。

さりげない優しさに、日々の辛さから救われていた。

「この料理、覚えててくれたの?」

『絶対美味しいから』とわたしが作って持ってきたことがあった、前世のレシピ。

急に空腹を感じてお腹がきゅうっとなる。


「食べてもいいのかな‥。」

「どうして?」

「ママ、わたしのせいで死んじゃったのに‥。」


「‥亡くなられたんだ。」


「うん、せっかく元気になったのに殺されて‥。」

「それは‥。」


「わたしが『聖女』だったから‥。」

「そうなんだ。」


「ママ、わたしのせいで苦労ばかりして‥。」

「そうだったね。」


「ほんとのママじゃなかったなんて‥。」

「そうなの?」


「わたしがママを不幸にした‥。」

「そんなことないよ。」


「わたしなんて居なければ‥!」

「そんなことない。」


ぐるぐると、ここで話しているのは誰?

わたしは、ママは、彼は誰なの?


「ベリアルなんて何も知らないくせに!」

「知ってるよ。」

ベリアルは涙を堪えるわたしの頭を撫でる。

「アリスのお母さんはー。」


明るくて社交的で働き者で。

料理が好きだけど掃除や片付けは苦手で。

花を育てるのは下手だけど向日葵が大好きで。

熱を出したアリスを遠くのお医者さんまで背負っていって。

自分の病気がギリギリになるまで働いて。

生活のためにアリスが高等部を諦めたのを泣いて謝って。


「アリスのことを愛していないと、そんなことできない。」


「わたし、そんなにママのことを話した?」

「うん、たくさん話してくれた。」

「ごめんなさい、『破邪』の影響であの夏のことあまり覚えてなくて‥。」

「あの夜のあとのこと、よかったら教えてくれる?」

ベリアルは控えめに聞いた。

「どうしてアリスがマーカー子爵家に引き取られたのか。」


ベリアルから渡された『破邪の指輪』で魔力の封印が解けたこと。

その前後の記憶がはっきりせず、気がついたらマーカー子爵家に引き取られて、『アリス・エアル・マーカー』だと告げられたこと。

祖父にダリア魔法学園高等部に編入させられたこと。

わたしは前世の記憶のことを除いて、学園に入学するまでをベリアルに話した。


「俺はもう一度君に会いたくて、夏はできるだけここに通ってた。」

「わたしだと気づかなかったの?」

「ごめん、ずっと男の子だと思ってたから。」

「ああ‥。」

そうだったのかもと思い当たる。

『アリス・トーノ』は髪が短くてやせっぽちで、もらいものの男の子の服を着て細々と働いていたから。


「わたし、そんなに変わったかしら。」

「外見は少し変わったかもね、可愛くなった。」

「‥っ!」


「子爵令嬢になってもアリスは変わらないよ。」

「わたし、令嬢らしくできてない?」

「そうじゃなくて、前も今も一生懸命で、自分に厳しくて、人のことばっかり考えて。」

「そんなことないと思うけど‥。」

「今も『お母さんのことを悲しむ資格がない』なんて考えてる。」


ーそれは図星だった。


「だってわたしのせいで‥。」

「俺はアリスがお母さんを大切にしてたことを知ってるから。」

ベリアルの優しい声が胸に染みる。

「アリスが自分のせいだと思っていても、俺の前では無理しないでほしい。」


(ああ‥。)


わたしは、アリス・トーノは彼が好きだった。

名前も知らない貴族の青年がとても好きだった。


「食べたら帰ろうか。子爵邸まで送るよ。」


向日葵の花のような明るい笑顔。


「ありがとう、ベリアル‥。」


ベリアル・イド・ランスはアリス・エアル・マーカーの攻略対象。

わたしは攻略キャラの好感度を上げて、『聖女の騎士』となった彼らと一緒に魔王を倒さなければならない。


ほおばったおにぎりが、美味しいはずなのにやけにしょっぱく感じた。


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