2年生8月:再会
幼い女の子が、庭の畑にしゃがんで熟れたトマトを眺めていた。
2つをしばらく見比べてから、大きな方をもいで立ち上がる。
家に戻ろうとして視線に気づいた。
「ーお姉ちゃん、だあれ?」
なんだかとても悲しい夢をみて、わたしは子爵邸を抜け出すと始発の船でフォッグ・アイランドに渡った。
ふらふらと歩いてようやくたどり着いたわたしたちの家。
小屋のようなその家は、きちんと整えられて清潔なカーテンがはためいていた。
夏の陽射しに瑞々しく実ったトマトの実。
ここはもう、わたしとママの家じゃない。
「どうしたの~?」
「ママー、知らないお姉ちゃんがいるー。」
「え~、こんな朝早くにお客さん~?」
家の中から聞こえた女性の声。
わたしは彼女達から目を背けて、足早にそこから離れた。
(どこにいこう‥。)
人目を避けたくて、村の外れの方に足が向いた。
2年前までママと住んでいた小さな村。
朝起きたら井戸の水を汲んで、竈に火を点けて残り野菜のスープを作る。
柔らかく煮えたらママを起こして。
『いつもありがとう、アリスちゃん。』
そう微笑んでくれたママの顔が思い出せない。
ずっとずっと2人で一緒に暮らしてきた。
貧しかったけれど精一杯楽しく頑張ってきた。
わたしのせいで寝たきりになって。
わたしのせいで殺されてしまって。
右手の『復活』の感触。
確かに1度は蘇ったのに、あれが最期になるなんて。
優しかった、大好きだったママ。
(本当の親子じゃない。)
あなたは‥誰?
ぐるぐる廻る思考のまま、わたしは山道を登った。
その祠は、山の中腹の小さな湖の畔に祭られている『土地神』と呼ばれていた存在のためのものだった。
祠の前を箒で掃いていた彼が、わたしに明るい笑顔を向ける。
「ああ、久しぶりだね。」
「なんで‥いるの‥。」
「元気‥じゃなさそうだね。」
彼は箒を木に立て掛けて、ハンカチで手を拭った。
「すごい汗だ。陰に座ったほうがいい。」
心配そうに伸ばされた彼の手。
2年前に出逢わなければ。
溢れる感情のまま、彼を払いのけた。
「貴方にっ、貴方のせいで‥っ!」
わたしが転生者でなければ。
わたしの記憶が戻らなければ。
わたしに聖女の魔力がなければ。
「どうして、どうしてよっ!」
ママは普通に笑って生きていけたのに。
「ベリアル‥!!」
「‥そうだね。」
溢れた涙で、気持ちでぐしゃぐしゃなわたしを。
ベリアルは小さな子をあやすように、そっと抱き止めてくれた。
「君に気づかなくてごめん、アリス。」
彼に寄りかかって、わたしは泣いた。
ママが亡くなって初めて大声で泣いた。