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2年生8月:葬儀

黒の棺に横たわるママは、眠っているようだった。

わたしと祖父と、ほんの数人だけの寂しいお見送り。


ママが好きだった向日葵の花。

組まれた手の上に、そっと一輪置く。


(ママ‥。)


どれだけ考えてもわからない。

いつ、どうしたらママを助けられたのだろう。


あの夜、前触れもなくドォンッと大きな爆発音がして、赤い火の粉が夜の闇に舞った。

エリオスの結界の中でハンス先生を待っていたわたしたちは、目の前で1階から吹き出した炎があっという間に屋敷全体を包み込むのをどうすることもできなかった。


「ママッ!!」

「駄目だ!!」

屋敷の中に行こうとしたわたしを、エリオスが引き留める。

パンパンパンッと熱で窓ガラスが割れて炎が吹き出し、その中から逃げるように飛び出してきた黒い影。

紅蓮の炎を背に『飛行フライ』で浮かぶハンス先生が、ママを抱えてわたしたちの前に降り立った。


「ハンス先生っ!」

駆け寄るより先に、ハンス先生が倒れるように膝をついた。

「‥早く、彼女の治療を‥。」

エリオスがぐったりとしたママを受け止め、わたしに振り返った。

「アリス、早く『復活リザレクション』を!」


わたしはすぐにママを抱きしめて『復活リザレクション』を唱えた。

だけど溢れた金色の光はママの身体に入らずに霧散するばかりで。

(どうしてっ‥!)

降り始めた雨の中、冷たくなっていくママの身体。

何度『復活リザレクション』を唱えたのか。

‥それから後のことはよく覚えていない。


祈りの言葉も讃美歌も鎮魂の鐘も。

「アリス。」


銀色の十字架も黒の喪章も白の墓標も。

「アリス。」


なにも聞きたくない、なにも見たくない。


「アリス、終わったよ。」

「‥おじいさま‥」

「今日は休みなさい。」

「‥休む‥。」

「ああ、眠りなさい。」


「アリスお嬢様、お休みになられました。」

「そうか、ありがとう。」

メイドの報告を受けてから、マーカー子爵は応接室に向かった。


「お待たせしてすまなかった。」

「いや、この度は大変なことだったな。」

来客はすぐに立ち上がり、子爵に哀惜の意を伝える。

「心よりお悔やみを申し上げる。‥悲しみの最中に訪れてしまい申し訳ない。」

「構わないよ、アリスのために飛んで来てくれたのだろう。」

言葉どおり王都のダリア魔法学園から白竜に乗って飛んで駆けつけてくれた盟友に、子爵はウィスキーとグラスを差し出した。

「献杯に付き合ってくれないか?」


一昨日の夜中に速報を受けてすぐに王都を出立し、朝方に子爵邸に着いたとき。

館の雰囲気はなんとも言いようがない不安に沈んでいた。

大神殿の高位シスターによる子爵令嬢の誘拐事件。

救出されたとはいえ、全焼した監禁場所からシスター・マリアは逃亡し、身元のわからない死体が8つ。

そして、アリスの養母の死亡。


「この度は孫の救出にご尽力いただき、心より感謝する。」

「僕の管轄外のことさ。彼らを労ってくれてありがとう。」

「君の指導の賜物だろう、学園長。」


トレードマークの白のスーツではなく黒の喪服を着た学園長は、半分ほどウィスキーを注いだグラスを掲げた。

「マーサさんに。」

しばらく無言の時間が流れた。


「‥どうしてアリスは、マーサさんを助けられなかったのかな。」

「クラレールくんが見つけたときには亡くなっていたと聞いている。」

事件の経過はハンス、ファン、エリオスそれぞれから聞き取り済みだ。

学園長の答えにマーカー子爵は首を横に振る。

「どうしてアリスの魔法でマーサさんは生き返らなかった?」

復活リザレクション』のことは半信半疑だったが、アリスはずっとマーサへ謝り続けている。

『失敗してごめんなさい』と。


「その話で来たのだろう?」

「‥アリスくんの魔法が失敗したわけじゃない。」

これは推測だが、と学園長は前置きする。

「マーサさんには、『復活リザレクション』を受け取る魔力がなかったんだ。」

「魔力?」


「『復活リザレクション』は、MPをHPに変換することでHPを復活させる魔法のようだ。」


通常、『死亡』とは『HPゼロ』の状態を示す。

HPが僅かでも残っていれば、ポーションや『蘇生リザシエイション』の魔法で回復することができる。

病や老衰ではじわじわとHPの上限が減っていき、消費と回復のバランスが保てなくなって死に至る。

MPが1割をきると頭痛がするように、HPが1割をきると胸が苦しくなり身体活動が維持できなくなるのだ。


そして、MPと違って一度ゼロになったHPは二度と回復しない。


HPは日常生活で消費されるが、MPは魔法やスキルで使用しないと減らない。

だからHPゼロの状況でもMPが残っていることがある。

その後、脳の腐敗が始まるとMPも溶けてゼロになる。


「監禁中、マーサさんは1度殺されてアリスくんが生き返らせている‥本当に胸糞悪い実験だ。」


嫌悪感でハンスから渡されたレポートを引きちぎりかけたが、実のところマーサのHP、MPの変化は重要なデータだった。

残っていたMPの数値がゼロになり、同数だけHPが回復したあとでさらにマックスまで回復する。

HPが満タンになってもMPがゼロだから、意識が戻るにはMPの回復を待たないといけない。

これまでの『復活リザレクション』の結果と矛盾はない。


「火事の影響かもしれないが、マーサさんは脳の損傷を受けてMPが失われていたのだろう。クラレール先生が『魔力感知サーチ』できなかったと言っていた。」


「‥アリスのせいではないのだな。」

「事件はアリスくんがらみだろう。だが断じてアリスくんが責任を負うことではない。」


「そうだな‥これは私の責任だ。」


今夜は泊まってくれと客間に案内された学園長は、翌朝メイドの金切り声で目を覚ました。


「アリスお嬢様が居ません!!」


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