2年生8月:救出
水晶板の示す場所には、古い洋館が建っていた。
閉ざされた門から中を覗くと、荒れた庭の先に三階建だろうか、かなり大きな館があり、重厚な木の扉が見えた。
「ああ、マーカーくんが居るね。」
『魔力感知』を発動すると、アリスの魔力をその館の中から感じた。
「でもなんか魔力が小さいな‥。」
ハンスの呟きにエリオスが青ざめる。
「早く助けないと。」
「焦らない。これ多分、地下にいるからだと思うよ。」
「地下ですか。」
「うん。他の反応が4人‥5人? あまり大きな反応じゃないけど、地下だと反応悪くなるから実力を推測するのは難しいな。」
ハンスが測れるのは魔力の強さで、敵が剣士などの武闘派だった場合は強さが判断できない。
「‥わかりました。もう少し情報を集めましょう。」
エリオスは市街地に戻って2人分の宿をとると、荷物を置いて出かけていった。
休んで待っていてほしいと言われ、ハンスはベッドに転がっている。
「面白いことになってるなぁ。」
館の様子を思い出し、ハンスはほくそ笑む。
エリオスはどうやってアリスを救出するつもりだろう。
実のところ敵はハンスなら余裕で勝てるレベルだったが、エリオスの手腕をもう少し楽しみたい。
(苦労して助けたほうがアリスに感謝されるかな。)
なんなら救出戦にまぎれて邪魔なエリオスをー。
部屋に近づく気配に楽しい想像をとめる。
ノックの音にそっと扉を開けると、ハンスのよく知ったその気配の主が仏頂面で立っていた。
「ほんと、君もこんなとこまで大変だよねぇ。」
「そう思うなら次から事前報告を。」
「え~、君にそんなことする必要ないよね。」
「学園長にです。クラレール先生。」
へらっと誤魔化すハンスを殴りたい気持ちを、ファンはぐっと押し殺した。
「おかえり~。」
宿に戻ったエリオスは、ハンスの部屋の隅に不機嫌そうに座っているファンに目を見開く。
「ウォールくんが朝から騒ぐから、ファン先生にばれちゃったじゃん。」
ダリア魔法学園敷地内の職員寮に押しかければ、他の先生に気付かれる恐れはあった。
アリスの名前を出したから、マーカー子爵領にたどり着くまではわかる。
それでも。
「よくこの宿がわかりましたね。」
「宿の前にお前の馬がいた。」
オアシスで一度見かけただけの馬を見分けるとか。
「どんな記憶力ですか。」
エリオスはため息をつき、鞄から入手した例の屋敷の見取り図を出す。
(2ーA副担任、か‥。)
だいたい、この教師も素性がよくわからない。
名前は『ファン』のみで、魔法は使えないのに魔法学園の教師とか。
不明すぎて学園長の隠し子とか噂されている。
「ファン先生もアリスの救出を手伝ってください。」
「当然だ。だが、」
ファンはエリオスを睨み付ける。
「お前が乗り込むのは賛成できない。後は俺達に任せて手を引け。」
「時間がありません。」
エリオスはテーブルに図面を広げる。
「女の子が捕まって、どんな目に遭わされるか想像できないんですか。」
‥前世で潜んでいた夜の街で、ネオンの煌めきの陰でどれほどの少女が食い散らかされていたか。
助け出したときには、もう壊れてしまっていた虚ろな瞳。
あの娘は、元の生活に戻れただろうか。
エリオスは今に意識を切り替える。
「ハンス先生、この3人で無理な敵ですか?」
「そりゃ勝てるけど、目的はマーカーくんの救出でしょ。突入して彼女を人質にされたらお手上げだよ。」
「アリスを『魔力感知』してくれたら、自分が必ず助けます。その間、ファン先生に敵の陽動をお願いしたいのですが。」
「‥りょーかい。」
「クラレール先生?!」
「仕切り直すと時間かかるし、ウォールくんのレベル40越えてるし、ダリアは生徒の自主性を重んじる方針だし。」
ハンスは指折り数えてファンに突きつける。
「問題ないでしょ。」
「しかしっ‥」
「ファン先生、僕に指示する権限ないよね?」
2ーA担任のハンスは、名目上とはいえ副担任であるファンの上司にあたる。
「‥では日没と同時に行動開始で。」
こうしてにわかに結成されたアリス救出チームは、夜の帳に紛れて屋敷内に突入した。
ハンスが『魔力感知』で大体の位置を把握し、エリオスが石壁に『砂塵』でこっそりと穴を開けて屋敷へ侵入。
さらにエリオスは『光学迷彩』を全員にかけ、10分間の不可視化を行う。
「この魔法、ウォールくんのオリジナル?」
「見えなくても音は聞こえてしまうので、静かめで急いでください。」
「りょ~。」
エリオスとハンスは地下のアリスの元へ、ファンは敵が集まっていた1階の部屋へ奇襲をかける。
マーカー子爵邸が騙されていることに油断していた男たちはファンにあっさり倒され、エリオスは地下牢のアリスを見つけー。
「アリス?!」
「ーエリオス?!」
わりとはっきりしたアリスの声にエリオスは不可視化の魔法を解く。
「無事か?!」
「ええ、ここを開けて!」
魔法で鉄格子を破ると、飛び出してきた彼女のぬくもりをその胸に抱きしめた。
「アリス!!」
エリオスの胸にアリスがもたれかかる。
「‥ありがとう、エリオス。」
そしてすがるようにエリオスを見上げた。
「お願い、ママを助けて‥!」
(アリスのお母さんがここに?!)
エリオスは後ろにいるだろうハンスを振り返るが、『光学迷彩』の効果で姿が見えない。
「シスター・マリアに捕まってるの!」
「りょーかい。ウォールくんは早くマーカーくんを安全な場所に連れていって。」
「‥ハンス先生?」
ハンスの声にアリスが辺りを見回す。
「だいじょーぶ、後はぜーんぶ俺に任せて。」