2年生8月:監禁
魔装具を全て奪われ、わたしは冷たい地下牢に閉じ込められた。
ランプを消すと真っ暗で、何の音も聞こえない空間。
血まみれになってしまった服を脱ぎ、古いタオルケットにくるまって壁にもたれる。
ザラリと身体を舐めるような、マリアの治癒魔法の感覚が残っていて気持ち悪い。
「『慈愛』。」
目を閉じて魔法を唱えると、ほわっと身体が温かくなり、気持ちが安定した。
(絶対に負けない。)
わたしは自分で自分を強く抱きしめる。
マリアは、わたしも母も殺せない。
それならマリアに恭順するふりをして、彼女の隙を探す。
あんな外道な治癒魔法に負けるものか。
(ママ‥。)
血の繋がりが無いなんて嘘よね。
(必ず助けるから、ママも頑張って‥!)
「アリスちゃん?!」
「あら、ようやく起きた?」
アリスに呼ばれる夢をみて飛び起きたベッドの上で、マーサは椅子に座って自分を見つめている若い女性に首を傾げる。
「‥すみません、どちら様でしょうか?」
「覚えていないの?」
彼女の手に銀色のナイフが光り、反射的にマーサは自分の喉を押さえた。
「わたし‥。」
「生き返って良かったわ。」
「あ、ああ‥。」
昨夜の血まみれの記憶がフラッシュバックし、無意識に呼吸が荒くなる。
吹き出した血の向こう側で、今にも泣き出しそうなアリスの顔。
「アリスちゃんは無事なの?!」
「貴女が逃げたら殺す。」
ぎゅっとマーサは手を握りしめた。
「わたしは人質ですか?」
「人質‥そうね、わたくしの玩具。」
彼女が嗜虐的な笑みを浮かべた。
「治癒魔法ってとっても素敵なのよ。」
うっとりと、まるで人間ではないような美しい笑み。
「壊して、治して、また壊して‥永遠に遊べるわ。」
マーサは寒気を感じ、彼女から目をそらした。
「二人とも、わたくしを楽しませてちょうだいね。」
そう言うと彼女は壁を通り抜けて消えてしまった。
なんの躊躇いもなく人の首をかき切る人達が、アリスに要求することは。
「なんとかしなきゃ‥。」
「死体を幾つか手に入れてください。」
昼食後、コーヒーを飲みながらさらりと言われたマリアの注文は、これまでの中ではわりと簡単なものだった。
「はい、神殿から回させます。」
「死体が揃ったら『復活』の解析作業を再開します。」
「はい、マリア様。今夜中に運びます。」
大神殿の聖女マリア、美しく崇高な慈愛の女神。
マリア様こそ『復活』の奇跡を使えるべきなのだ。
素晴らしい神の奇跡のために、ケントは多少不法なことを命じられようとも誠心誠意尽くすだけだ。
「ん‥?」
食器を片付けながら、ふと目についた窓の外にケントは違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
「いえ、気のせいでしょう。」
この屋敷の持ち主はとっくに死に、訪ねてくる者はいない。
ケント・ハーバーの経歴は全て出鱈目で、この屋敷にたどり着く要素は何も無いはずだ。
「夕方から天気が荒れるそうですから、運び込みは早めに済ませたほうがいいでしょう。」
「はい、マリア様。」
ほら、マリア様はいつもわたしたちのことを案じてくださる。
彼女の期待に応えることが、神が求める正しい行いなのだ。
‥決して、彼女の治癒魔法の虜になっているからではない。
窓の無い地下牢で、わたしに3度目の食事が差し入れられた。
多分夜なのだろうと思いながら、見張りの男の前で食べる。
「母はちゃんと食べているのかしら。」
「メシに手をつけなかったってよ。」
意外なことに男が教えてくれた。
「あんたは全部食うんだな。」
(腹が減ってはなんとやらってね。)
戦うためには、何より体力が重要だ。
空になったトレーを男が持ち去った後、わたしは真っ暗な地下牢で目を閉じた。
「『慈愛』。」
食事も水も、何かよくない薬が混ぜられている気がする。
解毒できない母への影響が心配だった。
‥それからどれくらい時間が経ったのか。
ガコンと大きな音がして、不意に地下の出入り口が開いた。
「アリス?!」
よく知った声がわたしを呼ぶ。
「ーエリオス?!」
眩しい光がわたしを照らした。
「無事か?!」
「ええ、ここを開けて!」
駆け寄ってきたエリオスが牢の鉄格子を握りしめる。
「『溶解』。」
ぐにゃりと鉄の棒が曲がり、格子に大きな穴が開いた。
そこから飛び出したわたしをエリオスが抱き留める。
「アリス!!」
(あたたかい‥。)
思いがけず情熱的な抱擁が、地下で冷えきった身体に染みた。
「‥ありがとう、エリオス。」