1年生5月:模擬戦(6)
アリーナには学園本部の魔術師、調査員、警備員などなど、大勢の大人であふれていた。
氷の中心部から引き揚げたクラーケンの足の破片を取り囲んで作業をしている。
そのためにグラウンドにいくつかテントが建てられて、そのうちのひとつにハンスと生徒たちは待機させられていた。ファンは魔物の調査に参加している。
みんな濡れた体が冷え切っていたため、厚いタオルケットにくるまって、配られたお茶をすする。
椅子に座る元気もなく、なんとなく4人、円になって床に直座りだ。
「俺、もう無理…。」
ディックがマットに転がる。
「魔力切れヤバい、キツい。」
2メートル四方で氷を溶かすのに、ディックは魔力をほぼ使い果たしてしまった。
「中学生なのに助けてくれてありがとねー。」
ハンスが床にくるまったディックの背をよしよしと撫でる。
「本当に助かったよー。オマールくんたちは病院に運ばれたみたいだし、魔物も倒したし、これなら減俸で済むかなー。」
「減俸は確定なんですか?」
「そりゃそうでしょ。ねぇランスくん、僕のアーチャーくんへの態度、まずかったかなぁ?」
ネガティブな内容なのに、ハンスは相変わらず笑顔で本心がわかりにくい。
ベリアルはこの1カ月のことを思い出し、
「ミス・アーチャーが良くなかったですが、先生も大人気ないです。」
「ちょっとは先生に気を使ってよー。」
多少会話にのってくれるのはベリアルだけ。ディックもアリスも魔力消耗による疲労でぐったりしている。
(というか、ランスくんがタフなのかー。)
15年前に魔王が封じられ、魔物が街に現れることはなくなった。
ハンスは子供の頃、魔物侵攻の警報で母親に手を引かれて避難所へ逃げていたことをうっすらと覚えている。魔物の雄たけびが街に近づいてくるのは、子供心に恐ろしかった。
今の子供たちは魔物など見たことが無い。
学園の生徒たちも召喚された魔物で演習をするが、それはいざとなれば召喚解除できる安全な状況下であるわけで。
イレギュラーな状況で撤退の指示を的確にこなした冷静さ、判断力。
(それはあとの2人も同じか。)
氷を溶かすのには炎と思い込んでいた。水系魔法で干渉する方がたしかに効率的だ。
それに。
(『復活―リザレクション―』なんて、どこで知った…?)
『蘇生―リザシエイション―』が治癒の最強魔法、というのが常識だ。
死者復活を行える魔法の存在は伝説として残っているが、現在使える魔術師はいないと聞いている。
まあ起きたことは仕方ないし、とハンスはネクタイを緩めてワイシャツのボタンをひとつ外した。
そのうち上の人たちがなんとかしてくれるだろう。
「さすがに疲れたねー。あと処理は本部に任せようねー。」
ね、と3人に振ると、無言で全員が頷いた。体育座りでくるまっているアリスの、タオルケットからのぞく足首が赤く腫れあがっている。
「マーカーくんも治療受けてねー。」
痛いだろうに、どたばたでそのままにしてしまっていた。
血は流れていないが、焼けてただれた感じだ。
「大丈夫です。自分でします。」
アリスは両手を怪我している足首にあて、『治癒―キュア―』を唱えた。
一番最初に異変に気付いたのはディックだった。
倦怠感がすっと軽くなったのだ。
(魔力が補充された?)
起き上がるとステータスを起動する。
見ているうちに、MPのカウンターがじわじわ回復していく。
ゆるやかな熱波を感じて、熱源の方を見ると。
「はあーっ?!」
アリスが驚いて自分の足首を見つめている。『治癒-キュア-』の光は負傷個所に吸い込まれるのだが、逆に怪我の個所から光が溢れ、少しずつ光の輪が大きくなっていく。
この光に触れたことで、ディックの魔力が回復したようだ。
「あんた、これなに。」
アリスは困惑した表情でディックに告げた。
「魔力が制御できない…。」
「は? なんで?」
「わかんない、『治癒―キュア―』が止まらない!」
テントの中に溢れる光に、ハンスとベリアルも異常を察する。
「これはマーカーくんの魔力?」
2人の魔力も、光にふれることで補充される。
「止めて! アリスの魔力が無くなる!」
ベリアルがアリスの手首を掴んで足首から引き剥がすが、光はますます強くなるばかり。
「落ち着いて、魔力をコントロールして!」
「ええ…。」
アリスは体から流れ出る魔力の流れを意識しようと目を閉じる。
自分を中心に膨張していく光の輪をそばにつなぎとめるよう、膨らんだ風船を空気を抜いて縮めるイメージで。
「クラレール先生、学園の生徒さんが。」
ファンがテントの入り口を開ける、間が悪かった。
アリスの集中が途切れた一瞬、抑え込みの反動で一気に魔力が暴走した!
「あっ…。」
急激に襲ってきた虚脱感にアリスは意識を失い、仰向けに倒れるところをベリアルが抱き留める。
アリスが意識を失ったのに、魔力の流出が止まらない。
「アリス、アリス!」
「彼女から離れてください。」
ファンに案内されてやって来たのは、ダリア魔法学園高等部生徒会長、エリオス・J・ウォール。
彼は王子様然とした態度で真っ直ぐアリスに向かう。
ベリアルに代わってアリスを抱きしめると、ひと言、魔法を唱えた。
「『防魔壁―マジックウォール―』」