2年生8月:縁談(2)
「ママね、結婚することにしたの!」
王都から馬車に揺られること半日。
マーカー子爵本邸に日が暮れる頃に到着し、軽めの夕食をいただいた後。
母の部屋で二人きりでゆっくりお菓子と紅茶を楽しみながら、王都での生活やダリア魔法学園の話をしていた。
わたしの話がひととおり終わったところで、母が『アリスちゃんに報告があるのよ』とー。
「もちろんアリスちゃんがいいよって言ってくれたらだけどね。とても素敵な人なのよ!」
恋する少女そのものの表情で、母が勢いよく続ける。
「教会で一緒にお手伝いしている人でね、ママより2つ年下だけど優しくてすごく頼もしいの!」
えーっと、ママはたしかまだ35歳だし、体調が良くなってからは肌も髪も艶を取り戻して綺麗になったし、教会でボランティアを始めたと言っていたし。
「急な話でびっくりなんだけど、その人とどのくらいお付き合いしているの?」
「2週間前に告白されてね、彼、『結婚を前提にお付き合いしませんか』って言ってくれたのよ!」
「たった2週間でもう結婚するの?!」
「だってわたしたちいい年だもの。」
この世界の結婚感は前世の感覚より古い。
だいたい20歳前後で結婚するし、お見合いや紹介でほとんど付き合わずに結婚することも珍しくない。
「お祖父さまは再婚に何て言ってるの?」
「やだ、ママ初婚よ。アリスちゃんのパパとは結婚していないもの。」
わたしは正式にマーカー子爵家に迎えられたけど、母の立場は微妙なまま。
子爵家の使用人たちはわたしを『お嬢様』と呼んでも、母を『奥様』と呼ぶことはない。
「子爵様にはアリスちゃんのお許しが出てからお話しするわ。」
「お許しってそんな‥。」
「大事なことよ。ママはアリスちゃんの母親なんだから。」
母の表情が母親のそれに戻った。
「彼にアリスちゃんを紹介したいの。わたしの一番大切な宝ですって。」
「その言い方、ずるい。」
とっさに彼に会いたくないと思った。
「許すもなにも、ママの好きにしたらいいじゃないの。」
(なんでわたし、こんな嫌な言い方‥。)
「‥びっくりさせちゃったわね。」
母がわたしの頭を撫でた。
まるで小さな子をあやすように、優しく触れる。
「わたしはずっとアリスちゃんのママよ。」
‥母には幸せになってほしい。
わたしを育てるために一人でずっと頑張って、なのにわたしのせいで病に倒れて。
元気になった今、母には自分のために生きてほしい。
わたしという重荷を下ろして。
「わかってる。大丈夫よ。」
わたしはママと、ママ彼と一緒に食事をする約束をした。