2年生8月:海(5)
夕焼けの波をかきわけて船が王都の港へ進む。
レジャー帰りの人達で船内は6割くらい埋まっていた。
人混みを避けて甲板の柵にもたれて水平線を遠くまで眺めていると、どこまでもたどり着けそうな気がする。
「ふわぁ~。」
日焼けと遊び疲れで思わずあくびが出た。
昼からもさんざん泳いで、明日は筋肉痛確定。
楽しかった遊びから帰るときは、満足感と寂しさが入り雑じる。
「アリスでも疲れるのね。」
リリカが隣に寄りかかった。
「わたしを何だと思ってるの?」
「魔力お化け。」
「もう‥ジャスティくんはいいの?」
「タッドは着いたら起こしてですって。」
泊まらずに王都に帰るのはわたしとディック、リリカとタッドの4人。
イマリと彼氏のダンは島に残った。
イマリがバイトを頑張ったお金での初お泊まり。
「あのね、今日の約束って男子も来る予定だった?」
「あー、違うわねぇ。」
リリカは手にしていたジュースを一口飲む。
「イマリから彼と彼の友達も一緒にって頼まれたのよ。」
「二人だけで出掛ければいいじゃない。」
「わたしたちと一緒ならイマリと泊まってもいいって。」
「‥意図がわからないわ。」
「彼はアリスへの取り次ぎを頼んでいたらしいわよ。」
「わたしたち、イマリに『彼氏紹介して』って言ってたわよね?」
それでもイマリが学園で彼を連れてくることはなかった。
だから彼がわたしたちに会いたがっていないと思っていたのに。
「彼が会いたがったのは、『彼女の友達』じゃなくて『マーカー師団長の娘』なの。」
(だから‥。)
イマリは彼をわたしに紹介しなかった。
「イマリ、大丈夫かしら。」
優しいイマリがダンにいいように使われていたのが嫌だった。
今日1日で3回、わたしはダンに文句を言おうとして、その都度リリカになだめられている。
「今夜2人で泊まったら、少し落ち着くと思うから。」
リリカは残っていたジュースを飲み干し、紙コップをくしゃりと握り潰した。
「不安なのよ、みんな。」
「不安‥。」
わたしは沈みかけた太陽を見つめる。
「ダンのあの態度は、イマリが離れていかないか不安だから?」
「そうかもしれないわ。」
手元を見つめたまま、リリカが曖昧に笑った。
「『好き』って厄介ね。」
リリカの視線が、並んだ椅子に横になって眠るタッドに移る。
「彼と何かあったの?」
今日1日、わたしにはリリカとタッドは仲のいい恋人同士に見えていたけれど。
「特に何も、順調よ。」
「それなら、」
「順調で‥でも不安になるの。」
卒業して仕事を始めたらお互いあまり会えなくなる。
会えなくなったら彼は寂しいと思ってくれるかしら。
結婚したら仕事と家庭をちゃんと両立できるかしら。
結婚するなら父に紹介しやすい職業に就いてほしいわ。
子供が生まれたらちゃんと育児を分担してくれるかしら。
彼はわたしと子供を生涯裏切らず愛してくれるかしら。
「‥そんなことを考えるなんて、わたしは本当にタッドを好きなのかしら‥。」
「好きだからじゃないの?」
意外なリリカの告白に、わたしは素直に思ったままを伝えた。
「ずっと一緒にいたいから、いろいろ考えてしまうのでしょ。」
二人の未来を考えられることがとても羨ましい。
(‥なんて言えないわね。)
船は港に近づいたのか、航行速度を落とした。
日が沈み、灯台からの光と、そして王都の街の灯りがわたしたちの先に広がる。
「わたしはリリカもイマリも、スーザンも、みんなみんな幸せでいてほしいわ。」
「アリスはそういう‥好きな人はいないの?」
ディックが居る船内の方を気にしながらリリカが尋ねた。
「子爵令嬢だと簡単にお付き合いするわけにはいかないでしょうけど。」
「‥そうね、今誰かとお付き合いするのは無理かな。」
ブォーっと船が着岸の汽笛を鳴らした。
「彼を起こさなくていいの?」
リリカはハッと寝ているタッドに駆け寄った。
その背中に、わたしは聞こえないように呟く。
「実はね、わたしもずっと好きな人がいるの。」
‥好きな人がいたの。