2年生8月:海(4)
洋服に着替えてお昼にわたしたち6人でホテルを訪ねると、ベリアルが席を準備していてくれた。
生徒会メンバー4人よりわたしたちの方が多くてちょっと申し訳ない。
ダンがベリアルとエリオスを独占してしまい、わたしは久しぶりにレナードとゆっくり話をした。
「生徒会、忙しそうね。」
「今年はまだ先輩たちがいてくれるから。10月の対抗戦でだいたい終わりかな。」
「こういう他の学園との活動もあるのね。」
「対抗戦の打ち合わせを兼ねてるんだ。そうそう、久しぶりにローズの友達に会ったんだよ。」
生徒会会計で2年A組の同級生、レナード・ダイス・オマールはローズ魔法学園中等部の出身だ。
「あら、誰かしら?」
同じくローズ出身のリリカが身を乗り出す。
「ああ、リリカも知ってるかな。」
二人でローズ時代の話が盛り上がりはじめて、わたしはカフェオレをおかわりしようと席を立った。
レストランはフリードリンク制で、中央のテーブルにいくつも飲み物が準備されている。
研修関係者はみんなこのレストランで食べるそうで、ファンさんが別のテーブルで年上の男性に囲まれていた。
ファンさんと目が合ったので小さく会釈をする。
すると同じテーブルの男性がわたしを見て立ち上がった。
「聖女様!」
20代に見えるその男性は、両腕を広げて真っ直ぐ駆け寄ってくる。
(えっ、誰‥?!)
考えるより先に身体が動いていた。
一歩左足を引くと、彼の顎を爪先が掠めるように右足を軽く蹴りあげる。
「おいっ!」
ファンさんが追いつくより先に彼は膝から床に崩れ落ち、それでも頭を上げてわたしを熱く見つめた。
「聖女様‥!」
恍惚とした表情に悪寒が走る。
わたしの足にすがり付こうと伸ばされた手を思わず踏みつけてしまった。
「ああ、聖女様の甘い匂い‥!」
彼はわたしの靴に顔を寄せる。
(やだ‥っ!)
「俺を生き返らせてくれた聖女様のー!」
「落ち着け。」
ファンさんが彼の頭の上で水差しをひっくり返し、乱暴に濡れた襟元を掴んで立たせる。
「放せっ!」
「あーもう、これ以上騒ぐな。」
ファンさんが何かしたのか、暴れた彼が急にぐったりとして小脇に抱えられる。
「迷惑かけたな。」
「いえ、助かりました。」
わたしは巻き添えで飛んだ水滴をハンカチで拭う。
「もう少しで蹴りとばすところだったので。」
「それは間に合ってよかった。」
ファンさんがふっと微笑む。
「子爵令嬢らしくない姿をさらすのはよくないだろう。」
そこでようやく、わたしたちがレストラン中の視線を集めていることに気づいた。
「おかえり、アリス。」
カフェオレを持って席に戻ると、リリカが笑顔で迎えてくれた。
「アリスって強いのね。」
「あんなのたしなみ程度の護身術よ。」
「そうかしら。それでさっきの人は誰なの?」
「彼はアネモネの教師だ。」
ファンさんがケーキをいくつものせたトレーをテーブルに置いた。
「迷惑をかけたお詫びだ。みんなで食べてくれ。」
「わあ、ファン先生ありがとうございます!」
リリカが両手を合わせて笑顔になる。
「わたしも紅茶をいれてくるわね。」
リリカが離れると、ファンさんはわたしの耳元で囁いた。
「‥彼はお前が去年の対抗戦で『復活』を使った奴だ。」
去年の五大魔法学園対抗戦『ペンタグラム杯』。
魔人『憤怒』の乱入で大量の魔物が学園アリーナに発生し、大規模な戦闘になった。
その戦闘で死んでしまった教師を2人、わたしは『復活』で生き返らせた。
「多分『治癒中毒者』の症状だろう。こっちで対処するからお前は気にするな。」
それだけ言って戻っていってしまった。
「ねえ、『治癒中毒者』って知ってる?」
アイスティーを手に戻ってきたリリカに聞いてみる。
「アリス、知らないの?」
治癒魔術師なら常識でしょう、と目を丸くされた。
「治癒魔法って大なり小なり気持ちいいものなのよ。」
「そうなの?」
「それで繰り返し受けたり大きな治癒を受けたりすると、その快感の虜になってしまうことがあるの。」
わたしが治癒を受けたときは、傷の痛みが消えて安心した。
この安心感を快感に思うこともあるかもしれない。
「大神殿のシスターマリアは、そんな虜になった男たちで逆ハーレム作ってるなんて噂よ。」
リリカはショートケーキのクリームをスプーンで大きくすくった。
「‥そうだわ。」
リリカは食べながらちらりとレナードを見た。
「レナードの気持ちは『治癒中毒者』じゃないから、信じてあげてね。」
レナードに告白されたのは去年の臨海学校の夜。
彼を生き返らせて2カ月後のことだった。
「リリカ、知ってたの?」
「わたしは『観察者』だから。」
リリカはベリアルの隣でつまらなそうにグラスを回しているディックに意味深な視線を向ける。
「‥言いたいことははっきり言って。」
「アリスも、もっとわたしに相談してくれていいのよ?」
お互いにちょっとにらみ合い、同時に笑ってしまう。
「ほら、ケーキ美味しいわよ。」
「そうね。」
わたしもレアチーズケーキを一口食べる。
「これ美味しい!!」