2年生8月:海(2)
『ディック・メイビス・ブレイカーを聖女の騎士に認定します。』
「今の何?」
「あ、えっと‥。」
ブォー、ブォーと汽笛が響き、船が桟橋に到着する。
「ほら、降りなきゃ。」
わたしはディックからすり抜けるように立ち上がる。
「今日はわたしに付き合ってくれるんでしょ。」
更衣室で赤いタンキニに着替えて、白のパーカーを羽織る。
髪はお団子にして、水着と同じ赤いシュシュを飾った。
「子供っぽいかな?」
「アリスらしい元気な感じでいいと思うわよ。」
そう言うリリカは青のワンピースにパレオを巻いて、サングラスもかけたセレブコーデ。
イマリは胸元を強調したビキニにレースのジレを合わせていた。
背が高いイマリによく似合っていて、まるでモデルみたい。
「素敵よイマリ。頑張ってね。」
リリカの言葉にイマリが力強くうなずいた。
「こっちだよー。」
先に着替え終わった男性陣が、パラソルを張っていてくれた。
敷かれたシートの上に荷物を固めて置く。
「うわぁ、二人とも可愛いね!」
わたしたちを見たダンは手放しで褒めてきた。
そしてすぐイマリに厳しい言葉を投げつける。
「それに比べてお前はさぁ、たいして胸ないのになんでそんなの着るの?」
「‥ごめんなさい、次は気をつけるわ。」
どうしてイマリが謝るの!?
「ちょっと、あなた‥。」
リリカもイラッとしたのか、ダンに意見しようとするのをイマリがとめる。
「やめて、ダンはわたしのために言ってくれてるの。」
リリカを見るイマリの顔は真剣で。
「‥タッド、泳ぎましょう。」
リリカはタッドの手を引いて砂浜から海に入っていく。
「ダン、わたしたちも泳ご?」
「泳ぐけどさ、誰か荷物番してないとヤバいだろ。」
「えっ、あ、そうよね。」
イマリの目が伏せられる。
「わたしが残るからイマリと泳いできて。」
「ダメだよ、アリスにそんなことさせられない。」
いやダンくん、わたしじゃなくて自分の彼女を庇おうよ!
「こいつ、船酔いしてて。」
ディックがわたしの手を引いてシートに座る。
「しばらく休ませるから、君たちは先に遊んできなよ。」
イマリの表情がパアッと明るくなる。
「ありがと、アリス!」
「あんた、バカだろ。」
「‥いいの。わたしにはわたしの目的があるから。」
8月の恋愛イベント『サマー・ビーチ』
攻略キャラの誰かと偶然に海で出会うこのイベントは、ディックとのフラグが立ったみたい。
横に並んで座ったわたしの手を、ディックはつないだまま。
この後の展開は好感度の高さで違ってくるはずだけど、イマリのことが気になってしまう。
「ダンくんって何かおかしくない?」
「何が? あいつはただ自分中心なだけ。」
「だけどイマリにあんなひどいこと言って、」
「それは彼女が自分で怒るべきだ。」
「んー‥。」
わたしは口を尖らせる。
(でもイマリは彼が好きで怒れないだろうし‥。)
「『好き』って厄介だな。」
「えっ‥。」
繋がれた手の、指が絡められた。
「俺、アリスが好きだ。」
突然の告白。
賑やかなビーチサイドの音が全部聞こえなくなって、ただ心臓の音がうるさくなる。
『恋人繋ぎ』になった手が熱い。
「今日は俺のことだけ見てろよ。」
ディックの凛々しい、真剣な瞳が近づく。
ドドドドと胸を叩く音に耐えられず、わたしは彼から逃げるように身体を離そうとー。
「ダメ。」
逃がさないと、ディックに抱きすくめられた。
頬に彼の裸の胸が触れ、ドッドッドッドッとディックの速くなった脈を感じる。
「‥こんなの、困る‥。」
「困る?」
「困るよ‥。」
少し汗ばんだ肌から、ディックの気持ちが伝わってくる。
「アリスも俺を感じてるだろ。」
うなじに息がかかって、身体がびくっと跳ねる。
もう心臓が破裂しちゃうくらいドキドキが続いて、どうしていいかわからない。
ディックはひとつ年下の、ちょっと子供っぽくむきになるところがあるけど、基本的にクールな性格で。
こんなストレートに告白されるとか想定外で。
どうしよう、どうしよう‥!