1年生5月:模擬戦(5)
わたしの魔法はレナードの体を金色に光り輝かせ、それはまるで命が戻ったように見えたけど。
ディックが氷の穴からずぶ濡れで這い出てくると、氷の上に仰向けに倒れた。
「だりぃ‥彼は?」
レナードの胸に耳をあてても、鼓動が聞こえない。
血の気が引いた青白い顔に手をかざすが、呼吸も感じられなかった。
「ランス、担架を持ってきて!」
ハンス先生の指示でベリアルが再び『飛行』で飛び上がり、先生はそのまま氷の上で心臓マッサージを始めた。
「くそっ、逝くな! 戻ってこい!」
強く胸を押し続けながら呼び掛ける。
(嫌だ‥。)
わたしはレナードの冷たい手をさする。
体はどこも傷ついていない。ただ冷たく、動かない。
(こんなの嫌だ‥!)
ゲームではレナードたちメインキャラ以外の生徒の名前は出てこない。
イベントではクラスメイトに被害とあるだけで、具体的に何が起きたかわからない。
でもみんな、ちゃんとここに居て。
これが運命に予定されたことだとしても。
『蘇生』は瀕死の状態を完全回復する魔法。
『死者』には効かない。
「クラレール先生、一体何が。」
ベリアルと担架を運んできたのは庭師のファンさんだった。
「ああ、護衛官か。」
「アリーナの緊急SOSなんて。」
考えて、思い出して。
他に魔法はなかった?
死者復活の魔法が。
「ディック、ちょっとどいて。」
ベリアルに言われてディックがずれ、ハンス先生の後ろに担架が広げられる。
「救急部隊へ運ぶぞ。」
レナードを担架に乗せるため、ベリアルが頭、ファンさんが足の方にまわる。
ハンス先生が心臓マッサージを止め、レナードから手を離す。
「マーカーくん?!」
わたしはレナードの心臓の位置に両手を重ねて、全身全霊で叫んだ。
「『復活』!!!」
ああ、この月光のような光。
わたしの手から溢れた光が、柱のように空へ真っ直ぐ立ち上る。
奇跡を呼んだあの光ならきっと。
(目を覚まして!)
光の柱は徐々に細くなり、心臓の位置に吸い込まれるようにして消えた。
わたしの体からごっそりと魔力が抜けたのがわかる。
ー聖属性魔法レベル10『復活』の発動を確認、レベルが5から10へ上がりました―
とくん、とくん、とくん、とくん、
重ねた下の手のひらにレナードの心臓の鼓動が伝わる。
「ああ‥。」
緊張が溶けたのか、わたしは泣き出していた。
「よかった、よかったぁ‥。」
誰かがわたしの頭を撫でてくれる。
ハンス先生がレナードの脈をとり、さらに胸に耳をあてて心音を確認すると、『奇跡だ‥』と呟き、
「いやそうじゃない、マーカーくん、ありがとう。」
その言葉に全員が安心し、レナードを早く暖かなところに連れていかないとと思ったところで。
『ミ、ツ、ケ、タ。』
「誰だ?!」
真っ先に反応したのはファンさんだった。
腰からナイフを抜き、うなり声のした穴の方へ構える。
氷の溶けた穴から赤茶色の蛸の足のようなものが1本、にゅるりと這い出していた。
それはぶるん、ぶるんと揺れたと思ったら、勢いよくわたしに向かって伸びてきた!
ファンさんがとっさにかばってくれたが、氷に滑って一緒に転倒してしまう。
「ランス、オマールを連れて下がれるか?!」
ハンス先生がレナードたちの前に立ちふさがる。
「はい!」
「なにあれ、魔物‥?」
ベリアルはレナードを左肩に抱え、転がっているディックに声をかける。
「下がるぞ。」
「飛ぶの無理。」
「俺に捕まれ!」
「『炎撃』!」
ベリアルは右腕から炎の弾を魔物に向けて打ち出すと、その反動を利用して氷の端に向けて一気に滑った。
ディックもベリアルにしがみついて魔物から距離をとる。
ベリアルの魔法で氷が蒸発し、スモークで魔物が見えなくなる。
「あれは‥クラーケンか?」
ハンス先生が炎の剣を構えた、その足元を触手が素早く払い跳ばす。
「『飛行』!」
空中でハンス先生が体勢を立て直すが、それより早く触手がわたしの足に絡み付いた。
『ツ、カ、マ、エ、タ』
「痛っ!」
酸をかけられたような熱さ、痛みが右足首を襲う。
「離れろ!」
ファンさんがナイフを突き立て魔物の足を切り離し、わたしの足にからみついた部分を引き剥がす。
貼り付いていたのは一瞬なのに、赤くただれてしまっていた。
「『炎爆刃』!」
ハンス先生が滑空の勢いを利用し、魔物の足を炎の剣で縦真っ二つに切り裂いた。
割れた足がざぶんと水中に沈む。
「今のうちに下がるぞ!」
ハンス先生はわたしたちの手をとると、『飛行』で氷の上を滑るように引きずり、端からグラウンドに落ちるように降りた。
「ふう‥。」
ハンス先生がネクタイを緩めて、ワイシャツの襟元を開ける。
グラウンドに準備されたテントのひとつに、わたしたちは全員まとまって待機していた。
この後事情を聞きたいから、と言われれば仕方ない。
レナードとヨセフは救急搬送されて、他のクラスメイトや中等部の生徒たちはそれぞれ校舎に戻っている。
「さすがに疲れたねー。あと処理は本部に任せようねー。」
疲れたね、に全員が無言で頷く。
「マーカーくんも治療受けてねー。」
赤くただれてしまった足首のことだ。
「大丈夫です、自分でします。」
わたしは救護テントに行くのが面倒で、『治癒』を足首にかける。
ー魔力回路に魔物の浸食を確認ー
は?
ー回路断絶、魔力を制御できませんー
ー暴走しますー
「はあーっ?!」
いろいろ決着したと思ったのに、まさかこのタイミングでわたしの魔力暴走イベントが発生するのっ?!