2年生7月:封魔の杭
「わぁ、綺麗‥!」
朝日にキラキラ輝く青い湖と、それを囲む南国の木々。
見渡す限り真っ白な砂の世界に、ぱっと咲いた蒼と碧の瑞々しさが心をときめかせる。
竜の背に乗って空から見渡したオアシスは、美しい箱庭のようだった。
王都からの空の旅はほんの20分くらい。
ファンさんはオアシスに2つある湖の、大きな方の湖畔へ竜を降ろした。
「ありがとうございました。」
ファンさんの手を借りて竜から降りると、待ち構えていたようにエリオスが現れる。
「おはよう、アリス。」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「ええ。それでは失礼します。」
エリオスはわたしの背に手を当て、街並みの方へ行こうとする。
「待て、ウォール。」
ファンさんがエリオスを引き留めた。
「今日は魔術師団が付近の調査をするから、用が済んだら早く王都に帰ってくれ。」
「一応、理由を聞いても?」
「お前たちはやけにトラブルを引き寄せる。」
ファンさんが指した先には、ベリアルとディックが居た。
「4人とも、今日はおとなしくしていろ。」
「おはようございます。」
声をかけたわたしを、ベリアルはじっと見てから頷いた。
「うん、アリスだ。」
「わたし、なにか変ですか?」
「変じゃないよ。魔術師団の制服に似てるから、昨日はアリスだと思わなくて。」
わたしは昨日と同じハイネックの黒のアンダーの上に白の半袖のワイシャツを着て、ボトムは紫のスラックスだ。
「父の服を借りたのですが、魔術師団員に見えますか?」
「ああ、それで。でもそれなら、」
「服くらいで間違えるなんて、彼女に失礼でしょう。」
エリオスが少し嫌味な言い方をした。
「で、ランスくんたちはどうしてここに? それに、」
街の人と話しているファンさんを目で示す。
「やけにピリピリしていませんか?」
「ウォール先輩もイラついてない?」
「こら、ディック。」
「‥失礼しました。」
エリオスは深く息を吐いて、近くのカフェを手で指し、
「よかったらあちらで話を聞かせてもらえませんか?」
いつもの王子スマイルをわたしたちに向けた。
カフェは朝ごはんをとる人で賑わっていた。
湖の見えるテラス席で飲み物をオーダーし、わたしたちとベリアルたちが向かい合わせに座る。
わたしの前のディックはまだ眠そうだ。
「今日は魔術師団が魔人を処理するそうですが、君たちは待機ですか?」
「‥魔人?」
わたしはエリオスに聞き返す。
「ファン先生から聞いてませんか?」
「いいえ、何も。」
「死骸のような状態の魔人に、やけに警戒していると思いまして。」
「ファン先生が魔核を砕けなかったんです。」
上位の魔物になると、体内に『魔核』ができる。
昨日退治した砂漠ワニは、親ワニの2体だけ魔核があったけど、エリオスが魔法であっさり砕いていた。
去年の対抗戦でキャサリンが魔人化したときも、ファンさんが砕いてくれた。
「それで、かなり高位の魔人じゃないかって。」
「これくらいの、真っ赤な魔核だった。」
ディックが両手を合わせて一回り大きな拳を作ってみせる。
「魔力がまだ半分も回復してないから、俺はムリ。」
「わかってるよ、ディックは回復に集中してろって。」
ベリアルは店員さんが運んできたキャラメルシェイクをディックの前に置く。
「だから、『封魔の杭』の使用申請を出したそうです。」
「‥は?」
エリオスがベリアルに食ってかかる。
「お前、そんなこと昨日は、」
「俺も今朝、ディックの叔父さんから聞かされて。」
なだめるように、ベリアルは声を落とす。
「魔人『憤怒』の可能性があると。」
エリオスは浮かせた腰を下ろして、アイスコーヒーに口をつけた。
何か考え込んでしまったようなので、わたしも冷たいグラスを手に取る。
(『封魔の杭』がここにくるかもしれない?)
父、ジャスパー・イオス・マーカーが魔王の魔核を破壊した魔道具。
王家に献上されてしまった父の遺品は、海皇が父に預けた『簪』かもしれなくて。
わたしはその簪を見つけてほしいと、ずっと前から海皇に頼まれている。
海皇のことはよくわからない。
左手の人差し指に輝く金色の指輪は、クラーケンのクララを召喚できるよう海皇から渡されたものだ。
セドリックに刺された後に匿ってくれてしばらくお世話になったときも、父のことは簪を見つけてからと話してくれなかった。
『ジャスの簪を見つけてくれ。』
ヒトを超越した圧倒的な力を持つ海皇の、心からの願い。
『私の、とても、とても大切な想い出だ。』
その顔がとても悲しそうで。
(返してあげたいけど‥。)
「アリス。」
ベリアルに呼ばれて顔を上げる。
「ペンダント、中に入れた方がいいよ。」
無意識に触っていた胸元のクロスペンダント『聖女の護印』。
「中って。」
「それ、魔装具だろ。」
ベリアルは立ち上がるとわたしの背中に回った。
ハイネックのアンダーシャツの喉元を前に引っ張る。
「服の中に入れないと。」
ペンダントをすくいあげ、シャツの中に落としこんだ。
胸に金属の冷たさと、首筋にベリアルの指が触れる。
「あの、何を‥。」
背中をポンと叩き、ベリアルは平然と元の席に戻る。
「ベリアル、今のはどういうことです?」
「今日の服、お父さんのなら耐魔性があると思うよ。」
「だから、」
「魔装具は肌に直付けしておかないと、効果が出ないことがあるから。」
なるほどと思いかけて、そうじゃないと思い直す。
(ベリアルって‥。)
隣で世話を焼いているディックと同じ。
(わたしを『女の子』扱いしないよね。)
「‥ありがとうございます。」
お礼を言い、氷が半分溶けたアイスラテを口にした。
無遠慮に首元に触れた指先の熱を冷ますように。