2年生7月:オアシスの夜(1)
砂漠名物、ダチョウのスパイシーステーキが鉄板にのったまま運ばれてくる。
目の前で程よい厚さにカットしてソースを添える一皿は、この宿の人気料理だ。
「あー、腹減った!」
ガツガツとディックが肉を頬張る。
華奢な体つきと意外な食べっぷりだった。
「今日はハードだったからな、いっぱい食べろよ。」
甲斐甲斐しくポテトサラダを取り分けるベリアルはディックの母親のようだなと、エリオスは脳内でベリアルのエプロン姿を妄想してみた。
(ギリいけるか‥いや、ないな。)
エリオスは愉快な絵面を頭から振り払う。
それより、情報が必要だ。
明日アリスがここに戻ったときに、妙なことに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
(せっかく子爵公認の立場だからな。)
アリスとこれからも二人きりで依頼をこなしていく予定を邪魔されたくなかった。
「こんな場所で、二人は何を?」
「二人じゃないですよ。ブレイカー家の人たちも一緒です。」
ダリア魔法学園1年生、ディック・メイビス・ブレイカーは水属性魔法の権威、ブレイカー伯爵家の一人息子だ。
「ランスくんのご家族も一緒?」
「いえ、俺はその、」
ベリアルはひたすら食べていて一言も喋らないディックに視線を送るが、当然彼に説明する気はない。
「‥最近反抗期みたいで、伯爵婦人に同行を頼まれました。」
「ランスくんはずいぶん人が好いですね。」
「そんなんじゃない。」
肉を飲み込んだディックがむくれた声で否定した。
「水源調査隊の仕事。」
「それこそ、彼は関係ないでしょう。」
「異常が魔物のせいっぽかったから。」
ディックの話は筋が通るようで通っていない。
正式な調査なら、生徒ではなくもっとレベルの高い魔術師が同行するべきだ。
「じゃあ、ファン‥先生がここに来た理由を知ってますか?」
「とりあえず食べてからにしませんか。」
エリオスの相手をするせいで、ベリアルの料理は全然減っていなかった。
「ああ‥そうですね、食後のコーヒーを追加しましょう。」
食べ終わると『寝る』とディックは先に部屋に戻ってしまった。
「すみません、あいつ今日はほんとにハードだったんで。」
「いいよ、大変な1日だったんだろ?」
ベリアルと二人きりになると、エリオスは態度を変えた。
足を組み、尊大な雰囲気で食後のコーヒーを楽しむ。
「‥俺に態度変えすぎじゃないですか。」
「君に丁寧に応対するのは気がのらない。」
18年かけて作ってきた『エリオス・J・ウォール』というキャラクター。
このベリアル・イド・ランスという面倒見のいい青年には、素の自分を見せたくなっていた。
(ー逆だな。)
エリオスが自分を晒すのは、ベリアルの素が見たいからだ。
「ランスも俺に遠慮しなくていいよ。」
「‥先輩は俺が気に入らない?」
「別にそんなことはない。」
「俺とアリスはただのクラスメイトですよ。」
ベリアルは頭をかくと、周りの客たちに聞こえないよう声を潜めた。
「魔人が見つかったんです。」
「‥‥‥は?」
予想外の情報に、エリオスは少しフリーズしてしまった。
「ウォール先輩もそんな顔するんだ。」
「いや、ちょっと話が見えなくて。」
「ここの湖がひとつ枯れて、ブレイカー家がその調査に来たのが今朝の話。」
このオアシスは、3つの湖を囲んで作られている。
湖はそれぞれ大・中・小と広さが違うが、一番小さなものに異常が発生したのか、じわじわと干上がってしまった。
「それで水脈を辿ったら、水源で魔人の上半身が見つかったんです。」
「魔人の上半身?」
「こっから上のミイラが。」
ベリアルは肋骨の下のあたりを手で横に切る真似をする。
「ディックの叔父さんがダリア大学部に報告を入れて、学園からファン先生が派遣されて、」
「なぜ?」
ファンは採用2年目の護衛官で、学園長直属ではあるがとりたてて目を引く能力は記録されていなかったはず。
エリオスは学園の生徒、先生に関する内部資料は全て入手している。
「俺も知らなかったけど、」
ベリアルは断りを入れてから話を続ける。
「ファン先生、『魔核破壊者』の技能保持者だって。」
「‥聞いたことのない技能だな。」
「今日はとりあえず結界で封じて、明日魔術師団が本格的に処理します。」
「それでブレイカーくんがあんなに。」
「徹底的に氷漬けにするのに『絶対零度』を連発したんで。」
水属性レベル5の強力な凍結魔法は、今の王都で使えるのはわずか3人。
その1人がまだ15歳のディックで、彼の名前は魔術師界でそれなりに知られている。
「情報、助かった。」
「代わりに、先輩も1つ教えてください。」
ベリアルが少し身をのり出す。
「先輩がアリスに執着する理由は?」
「ー執着なんて人聞きが悪い。」
「どうやっているのか知らないが、あんたが位置をつけてること、アリスは知ってるのか。」
エリオスがアリスに贈ったピアスは、毒物などの状態異常を防ぐ効果とGPS機能がついている。
GPSはある程度近くないと探せないレベルのものだが、当然アリスには伝えていない。
「アリスは知らずにつけているのか?」
ベリアルの瞳に宿る静かな怒りに、エリオスは目を細める。
(彼の怒りの理由は‥。)
「そういえば、」
エリオスはベリアルに笑顔を向ける。
「先月アリスはランス公爵家を訪ねているけど、君と会っていたのか?」
「ノーコメント。」
ベリアルは伝票を持って立ち上がった。
「俺が払う。」
「結構です。」
エリオスが伸ばした手を払い、ベリアルは黙って支払いを済ませて部屋に戻っていった。