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2年生7月:依頼(4)

「‥こんなところまでついてくるなんて、お仕事は大丈夫ですか?」

「俺も仕事の途中だ。」


ファンさんがエリオスの腕をがっしりと掴んでいた。

ドラゴンで学園まで戻るところだから、俺が2人とも連れて帰ろう。」

「結構です。」

エリオスはファンさんの手を払うと、体ごと彼に向き直る。


「自分たちはまだここで仕事がありますし、馬も連れてきているので。」

「俺も明日また仕事でここに来るので問題ない。」

「日曜日にも仕事? ダリアはけっこうブラックな職場なんですね。」

「お前は求められた助けを土日だからと断るのか?」


珍しくエリオスが黙りこんだ。

「ほら、アリスも学園に戻るぞ。」

ファンさんはエリオスの後ろのわたしに声をかけ、手を引こうとした。

「いや、これは組合ギルドの依頼だ。貴方には関係ない。」

「ウォール。」

ファンさんが眉をひそめる。


「去年のことを忘れたのか?」


クラーケン退治のあれこれで研修中だったエリオスの部屋に泊まったら、翌朝ハンス先生とファンさんに連行され、みっちり学園長の補習を受けさせられたのは去年の夏のこと。

ーわたしのファーストキスの、なかなか恥ずかしい想い出だ。


「二人での宿泊を学園長に伝えたら、また夏休みいっぱい補習になるぞ。」


「それは卑怯でしょう!」

「副担任だからな、当然の措置だ。」

「あのっ、」


言い争いになりそうな二人に、横から声がかけられた。

「よかったらあっちで話しませんか?」

「「ランス?」」


ベリアルが指す併設された食堂の方を見ると、ディックもテーブルに頬杖をついて、わたしたちのやりとりを不機嫌そうに見ていた。


「結構目立ってますから、ファン先生もウォール先輩も。」

ベリアルは、柔らかな物腰でわたしたちを食堂に誘った。

「落ち着いてお茶でも飲みませんか。ーよかったら君も。」

そうわたしに話しかけたベリアルは、わたしの顔を見て息を飲んだ。


「君は‥っ!」


黒の瞳が大きく見開かれて、驚きの表情でわたしの顔を見つめる。

「今までどうして‥!」


「ー『どうして』?」

ベリアルの困惑にわたしは首をかしげた。

「ベリアルこそそんなに驚いて、わたしがどうかしました?」


「ーえっ‥。」

ベリアルは何度か瞬きをしてから、そっとわたしの名前を呼んだ。


「アリス?」

「ええ、こんばんわ、ベリアル。」


「ランス先輩。」

なぜか戸惑っているベリアルに、食堂からディックが声をかける。

「とりあえずこっちで座って話せば?」


「ーわかった。」

そう答えたのはエリオスだった。

「ファン先生、明日彼女を連れてきてもらえますよね?」

「明日?」

「依頼はまだ終わっていませんから。」

終わったような終わってないような状況なので、わたしはファンさんに頷いてみせる。

「お前はどうする?」

「ひとりで泊まりますよ。それなら問題ありませんよね?」


エリオスは宿帳を書いて受付に渡す。

「ランスくん、よかったら食事に付き合ってもらえませんか?」

「ええ、俺たちもこれからなのでぜひ。」

「じゃあそういうことなので、朝9時頃までに来てくれると助かります。」

「‥‥‥。」

ファンさんは表情が険しいものの、反論はしなかった。

「アリス、また明日ね。」

エリオスは片手を振り、わたしとファンさんに背を向けてベリアルと食堂へ入っていった。


「‥‥‥ちっ。」

ファンさんの舌打ちが聞こえた。

「アリス、急いで帰るぞ。」


宿屋の裏の広場からドラゴンで飛び立つと、10分程で王都が見えて、眼下に王城を取り囲むオレンジの灯りが広がった。

「綺麗‥!」

どうやっているのか、色とりどりにライトアップされてきる王城が目を引く。

それから赤や橙、黄色の光が円を描き、端のほうまで点々と広がっている。


「こんなに人が住んでいたんだ‥。」

「お前の父が守った街だ。」


ずっと黙っていたファンさんがぽつりと言った。

「俺は小さくて魔王軍の記憶は無いが、学園長はよく知ってる。聞けば父親のことも話してくれるだろう。」

「‥わたしの悩みに気づいていたんですか。」


廃墟と化した聖都、亡くなった大勢の魔術師や騎士や生活をしていた人々。

彼らの写真は、笑顔は、ゲームのスチルとは違う。

かつてあった、魔王に奪われた命の記録。


「父親とお前は違う。」

「それでもーわたしは強くならないと。」

「そうか。」


ドラゴンはダリア魔法学園の、学園長の屋敷の屋上に降りた。

「ファン、おかえり!」

迎えに出ていた学園長は、一緒に降りたわたしにもテンション高く両腕を広げた。

「おかえり、ミス・マーカー!」

「学園長が迎えてくださるのですか?」

驚いたわたしに、ふふんと学園長が鼻を膨らませる。

「家族を出迎えるのは当然だよ。」

「家族?」

「そう、ファンも君も、学園ダリアの子供たちはみんな僕の子供。」


「彼女を寮に送ってきます。」

「そうだね、お疲れさま。」

「明日8時にまた彼女を送っていくので。」

「そう、それじゃまた明日ね。」

「はい、失礼します。」


わたしは学園長に頭を下げて、ファンさんに女子寮まで送ってもらった。

ベッドに転がって、夕飯を食べ損ねたことに気付いたけれどそのまま眠りに引き込まれた。


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