2年生7月:依頼(3)
もし仮に封印された魔王が復活するとしたら
アリスは、どうしますか?
(『禁句』は‥。)
エリオスの問いかけに、背中を冷たい汗が流れた。
魔王が復活することを誰かに伝えると、聖女の『禁句』が認定されて問答無用で記憶消去魔法『消去』が発動してしまう。
わたしは一度、エリオスにすがろうとして彼の記憶をちょっとだけ消してしまった。
お互いに無言の沈黙がしばらく続いた。
なにも起こらないようなので、わたしはようやく口を開く。
「も、もしもですけど。」
口の中がひどく乾いてしまって、アイスコーヒーを一口含む。
「戦う‥と思います。父のように。」
「今のレベルで?」
(きっつ‥。)
エリオスに笑顔で切り捨てられた。
魔王を封印した父のレベルは62。
倒すつもりなら、単純に考えて父以上のレベルがいるけど、今のレベル27だと半分にも届かない。
「‥もっと修行します。」
「間に合いますか?」
「間に合わせます。」
「どうやって?」
「今日みたいに週1でレベルが上がれば‥ああでもそれだと間に合わない?」
(あと半年でレベルを30ぐらい上げるためには、ええと‥。)
「だいたいわかりました。」
わたしが指折り数え終わる前に、エリオスは満足げに頷いた。
「それならこのまま討伐を続けましょうか。」
急に話題が切り替わって、わたしはきょとんとしてしまった。
「レベル、上げたいでしょう?」
「あ、はいそれは。」
「さっきの砂漠ワニの親が多分この付近にいます。」
エリオスは荷物から地図を取り出して、一点を指した。
「このオアシスから街道までワニが出てきてしまったのは、数が増えてエサが足りなくなったからでしょう。」
エリオスは通りかかった女性店員さんを呼び止めた。
「最近、この辺りで誰か行方不明になったりしてませんか?」
すぐに彼女は痛ましげな表情になり、声をひそめた。
「‥実は酒屋のお嬢ちゃんが3日前から行方不明になっていて。」
「それは心配ですね。」
「ええ、まだ5歳で可愛いさかりで‥。」
店員さんは小さく頭を下げて厨房へ戻っていった。
「つがいになって、繁殖が始まったかもしれません。そうするとやっかいです。」
エリオスはすぐに伝票を持って立ち上がった。
「一度人を食った魔物はまた人を襲う。」
(エリオスが怒ってる‥?)
「アリス、協力してくれますか?」
「はい、もちろんです。」
わたしも頷いて立ち上がった。
エリオスは『探索』で根気よくオアシスの周りを捜索して、砂漠ワニの巣を見つけ出した。
体調3メートルを越える夫婦ワニと白い卵が6個、そして倒した後の捜索で千切れた服が数人分丸まって見つかった。
エリオスはその端切れを丁寧に分けて、その中の可愛いオレンジの花柄の端切れを、そっと優しく指で整えていた。
討伐を終えてオアシスに戻ってきたときは、月が上っていた。
役場も閉まっていて遺品を届けることができず、夜に街道を馬で通るのも危険で、結局オアシスで宿をとることになった。
「すみません、本日はもうスイートルームだけしか空いておりませんで‥。」
受付の男性が帳簿をめくりエリオスに伝えると、エリオスはわたしの方を振り返った。
「スイートなら充分広いし、いい‥」
「よくないです!」
「そんな食いぎみに言いますか。」
「だって絶対無理ですから!」
「でもここしか宿はありませんよ?」
オアシスに宿はここ1件だけで、他に選択肢はない。
どこまでもエリオスに仕組まれてる気がするのはなぜだろう。
「ちゃんと順序は守りますよ。」
わたしを安心させるつもりで頭をなでるのかもしれないけど。
(順序って何のことよ‥!)
聞くのもアレで、わたしはエリオスの顔を見れない。
「それではその部屋を‥。」
「そこまで。」
宿帳を書こうとしたエリオスの手を、横から誰かが止めた。