2年生7月:依頼(2)
抜いた歯が依頼達成の証拠になるそうで、エリオスは4本の砂漠ワニの歯を革袋に入れた。
「一度馬のところに戻りましょう。」
木陰につながれた馬は、おとなしくわたしたちを待っていた。
エリオスが顔をなでると嬉しそうに手に頬ずりをする。
「すごく懐いているんですね。」
「子供の頃から世話をしているんです。」
エリオスの手のひらの水をペロペロとなめている。
「アリスもどうぞ。」
組合で買った水の竹筒をひとつ渡してくれた。
「いただきます。」
木の根もとに座り、水を喉に流し込むとようやく体から力が抜けた。
自覚してなかったけど、緊張していたみたいだ。
「戦ってみてどうでしたか?」
エリオスも隣に座って、携行食のビスケットを渡してくれた。
「体調は大丈夫?」
聞かれてステータスを確認する。
「はい、HPもMPも余裕で‥あ、レベル上がってる。」
砂漠ワニを倒したおかげで、レベルが1つ上がって27になっていた。
「それはなによりです。」
エリオスも一緒に喜んでくれる。
「でも、結界魔法が発動しなかったですね?」
(さすがに目ざといなぁ‥。)
一瞬のことだったけど、しっかり気づかれていた。
「こんなことなかったんですけど、多分大丈夫です。」
左手でなんとなくペンダントを触る。
「多分って‥。」
エリオスがあきれた声をあげる。
「魔法の発動は生死にかかわるから、原因を調べないと。」
「そうですね‥。」
「だいたいアリス、自分の魔法のことちゃんとわかってます?」
「それはその‥。」
治癒魔法は神殿の文献があって『蘇生』までは説明があったけれど、『聖域』も『復活』も記録がない。
(だってこれ、前世の恋愛RPGゲーム『ダリア魔法学園物語』に出てた魔法だし‥。)
「前世の記憶のせいか、なんとなく使えちゃってて。」
「魔法のない世界の記憶のせいで?」
まあ我ながら苦しい言い訳だと思うけど。
わたしはエリオスに『ダリア魔法学園物語』のことを話したくなかった。
彼がわたしの『攻略キャラ』だということを。
「ここで長々話すのもきついから、場所を変えましょうか。」
エリオスは立ち上がり、ズボンについた砂を払った。
「王都に帰らないんですか?」
「まだ昼ですし、せっかく砂漠まで出てきたのですからオアシスに行きませんか?」
(だからその笑顔は、提案じゃなくて‥。)
雲ひとつない青空を背景に、自信たっぷりの笑顔でヒロインに手を差しのばすエリオスのスチル。
わたしはヒロインのように、エリオスの手をとった。
オアシスは駆け足の馬で30分くらいと、街道からかなり離れていた。
石畳で飾られた空間のあちこちに小さな噴水があって、照りつける陽射しに水しぶきが虹色に輝く。
「リゾートに来てるみたいですね。」
エリオスに案内された南国風の木に囲まれたオープンカフェは、まるで南の島に遊びに来たような気分になれた。
遅めのランチを美味しくいただいて、食後のコーヒーが運ばれてきたところだ。
わたしはアイスコーヒーにたっぷりシロップを注いだ。
「そういうコンセプトで『聖戦』の後に再建したそうですからね。」
「えっとそれって‥。」
「ここは魔王軍に占領されて、拠点にされたので。」
「‥そんな風に見えません。」
「文字どおり何もなくなったので、逆に再建しやすかったそうですよ。」
周りは夏の雰囲気を楽しんでいるカップルや家族ばかりで、そんな暗い歴史を微塵も感じさせない。
「王国は、魔王軍との戦いを忘れるために必死なんですよ。学園でもあまり詳しく学ばないでしょう。」
「そうですね。でもそれって‥。」
前世では、歴史の授業で世界大戦のことにかなり時間を取っていた。
こんな被害を繰り返してはいけないからと。
「そして悪夢は終わり、もう2度と恐怖に襲われることはない‥これが王国民の総意でしょうね。」
エリオスはアイスコーヒーを手に取ると一口飲み、コースターにトンと戻した。
(エリオスの雰囲気が‥。)
ふいに漂った緊張感に、甘くしたはずのコーヒーがとても苦く感じる。
「そんな魔王を封じたアリスのお父上は王国一の英雄ですが、彼を讃えるよりも魔王のことを忘れたい気持ちの方が強い。」
(何を、エリオスは‥。)
エリオスは、わたしの目を探るようにまっすぐ見つめた。
「もし仮に、封印された魔王が復活するとしたらー」
グラスの水滴がテーブルを濡らす。
「アリスは、どうしますか?」