2年生7月:依頼(1)
組合で砂よけのスカーフとゴーグルを買い、水や携行食も追加してから現地へ向かう。
移動手段は、エリオスの馬だ。
「さぁどうぞ。」
木陰につながれていた、体格のいい栗毛の馬。
その馬に、背中をエリオスに預けた2人乗りで王都を出発する。
馬に乗るなんて初めてだけど、訓練された馬の足取りは軽やかで乗り心地はそう悪くない。
「エリオス先輩って、いつも用意周到ですよね。」
「足の確保は基本です。それに命をかける戦闘に、事前準備が大事なのは当然でしょう。」
背中をエリオスにすっぽり包まれた体勢なので、彼の声が頭のすぐ上から聞こえる。
(命をかける‥。)
7月恋愛イベントタイプB『初めての依頼』
レベル25に届いていた場合に発生する恋愛イベント。
組合に登録したヒロインが掲示板の依頼を見ていると。
『依頼探してるの?』
偶然だねと微笑む攻略キャラ。
『よかったら一緒にこれに行かない?』
と、好感度が一番高い攻略キャラと郊外まで出かけるちょっとしたデートイベントだったはず。
‥このイベントにまさか死亡フラグがあったなんて。
「砂漠ワニってどんな魔物ですか?」
「聞いたことありませんか。まあわりとレアな魔物ですね。」
エリオスの説明によると、砂漠ワニは砂の中を動き回る魔物のワニ。
やたら頑丈で力が強いが、魔法を使うこともないわりと単純な魔物だ。
群れないはずだが、商隊を襲った砂漠ワニは複数いたと証言されている。
「普段はオアシスの近くにいるのがここまで出てきたのか‥まあ飢えて出てきたと思いますが、それなら早く退治しないと危険です。」
「そうなんですね。」
「でも、アリス向きの魔物ですよ。」
「わたし向き?」
「砂漠ワニは皮膚がとても硬い。自分の魔法では貫ける気がしませんが、クラーケンを倒した貴女なら大丈夫でしょう。」
わたしは自分の右手をじっと見つめる。
ずっと鍛えてきた、わたしの相棒。
「頑張りますね。」
エリオスがポンポンとわたしの頭をなでた。
やがて辺りの風景が草原から砂地に変わった。
砂漠でもわずかな草や小石で道が通っているのがわかる。
「もう少しでしょうか。」
「そうですね‥現場まであと少しなので、ここから歩きましょう。」
すぐにエリオスが馬をとめたので、一緒に馬から降りた。
馬から少し離れて、広がる地平線を眺める。
砂の向こうに見えるのは『聖都』の長い壁。
「アリス、行きますよ。」
「はい。」
わたしたちは熱い砂漠に足を踏み入れた。
「『探索』。」
エリオスが杖を砂漠に突き刺して魔法を発動する。
「3‥4匹か、小ぶりだな。」
エリオスが少し前のあたりを指す。
「まず1匹を引きずり出すのでよろしくお願いします。」
「はい。」
わたしは右手に魔力をこめて、『聖女の刻印』の指輪をナックル化した。
癖で左手で胸元のクロスペンダント『聖女の護印』を触る。
肉弾戦はずいぶん久しぶりだ。
(落ち着いて、いつもどおりに‥。)
「他の3匹は探りながら牽制します。」
杖に左手を置いたまま、エリオスは右手にいつもの拳銃を構えた。
「『衝撃弾』。」
弾着したポイントで砂が舞い上がり、その中から黒い影が鋭い鳴き声をあげた。
素早く地を這うそれは、まっすぐわたしたちの方へ向かってくる。
「『聖域』。」
エリオスの前に立って、いつものように結界魔法を唱える。
(ー発動しない?!)
足に噛みつこうと黒いワニが目の前で口を大きく開けた。
わたしの後ろには探索魔法を発動しているエリオスがいる。
(迷うな!)
斜めに体をかわし、右足でワニの頭を横から力一杯蹴り飛ばす。
「ギュルルッ!!」
仰向けにひっくり返ったワニの腹に、わたしは真上から拳を振り下ろした。
「『聖拳突』!」
ズン、と重い手応えがあり、砂漠ワニはそのまま動かなくなる。
「アリス、次いきますよ。」
「はいっ!」
全部で4匹の砂漠ワニは、どれも体長1.5メートルくらいだった。
「全部子供ですね。」
動かなくなったワニたちの口を調べていたエリオスは、わたしのところに戻ってくると抜いた歯を見せた。
「砂漠ワニの魔核は4体とも破壊されていました。やはりアリスの聖属性魔法は魔物にかなり効果的ですね。」
「ほんとですか?!」
「ええ、魔法で魔核を破壊するのはかなり難しくて。」
エリオスは自分の拳銃を差し出してみせる。
「魔人『悲哀』の魔核をこれで3発撃ったけど、ヒビひとつ入らなかった。」
エリオスの片腕だったマギ・ブライド副会長。
エリオスに心酔し、エリオスが手に入らないことに絶望し、エリオスを殺そうと彼が魔人『悲哀』に身を堕としたのは今年の3月、卒業式の日だった。
「次彼に遭ったら、自分の手でケリをつけたいと思っているんですけどね。」
ブライド副会長が狂ったのは、わたしとエリオスの噂が引き金だった。
わたしは拳銃ごと、そっと彼の手を包む。
「エリオスのせいじゃないです。」
「‥こんなときに呼び捨てなんて、貴女もなかなか非道い女ですね。」