2年生7月:組合
王都の『組合』はわりと大きな建物で、24時間営業している。
1階が事務所と冒険者がたむろする食堂兼酒場で、2階から上は宿屋になっている。
土曜日の朝早くにエリオスと約束した入口前に着くと、先に着いていた彼が片手をあげた。
「おはよう、アリス。」
「おはようございます。」
エリオスは見慣れている制服と違い、黒のTシャツにカーキ色のアーミーパンツとベスト、革のブーツとベルトにいろいろ小物を下げた傭兵っぽいスタイルだった。
「魔術師っぽくないですね。」
「そうですか? 組合に出入りする人たちは大体こんな感じですよ。」
なので祖父から『独りで組合に入らないように。』と念を押されている。
「それよりアリスのほうこそ、今日は男の子みたいですね。」
わたしはハイネックの黒のアンダーシャツの上から白の半袖シャツを着て、紫のスラックスに黒のゴツいアーミーブーツ。
どれも高い防御力が付与された、子爵邸の書斎に残っていた父の服。
伸びた金髪はゆったりと耳にかぶせて襟足で細く結び、日焼け止めだけでメイクはしていない。
「女の子っぽくないほうがいいのかと思って。」
「そうですね、若い女の子は目立ちますから。」
入りましょうかとエリオスは組合の扉を押し開け、
「それでも貴女は充分可愛いですよ。」
とわざわざ耳元で囁いた。
依頼が貼られた掲示板は星の数別になっていて、わたしが受けられるのは『星無し』のレベル30未満者向けの依頼。
エリオスは『星3つ』、レベル40以上の掲示板を見ている。
「これはどうですか?」
エリオスが指したのは、星3つの掲示板に貼られた聖都周辺で目撃された砂漠ワニの退治依頼だった。
砂の中に生息する砂漠ワニが魔物化して、商隊を襲って死者が出た事件だ。
「‥ひどい被害‥。」
少なくとも3匹の砂漠ワニが、5人を喰い殺していた。
「次の被害が出る前になんとかしないと‥。」
「じゃあこれにしましょうか。」
エリオスはその依頼書を外し、受付に持っていく。
「これを。」
初老の男性に依頼書と自分のプレートを差し出した。
「はいはい‥。」
男性は依頼書とエリオスを見て、それから彼の後ろについていたわたしを見て眼鏡の奥の瞳を大きく見開いた。
「団長!」
ガタガタっと男性が立ち上がり、その音で周りの人たちの視線がわたしたちに集まる。
「マーカー団長!」
さらに男性が叫び、ざわざわとどよめきが広がった。
「どうしましたか?」
奥から出てきた恰幅のいい男性も、わたしの顔を見て固まってしまった。
「先ほどは失礼しました。組合長のガルムと申します。」
奥の応接室に通されて、組合長に頭を下げられて、逆に恐縮してしまう。
「ダリア魔法学園生のエリオス・J・ウォールです。」
「アリス・エアル・マーカーです。」
「やはりお嬢様でしたか‥。」
わたしを見て組合長さんは涙ぐんだ。
「お父上は若い頃それはたくさんの依頼を受けてくださって、大変お世話になりました。」
「父はよく組合に来ていたのですか?」
「ええ、学生さんの時ですが。偉い魔術師になるだろうと思っていたら、まさか魔王を封印するとは‥。」
うんうんとわたしを見つめる目が優しい。
というか、わたしではなく父を見ているのだろう。
「あの、そんなに父に似ていますか?」
父の写真は小さな顔で写っているものばかりで、あちこちで似ていると言われても実感がない。
だいたい、大人の男の人とそんなに似てると言われても。
「瓜二つですよ。」
ーは?
「魔力が異常に高いと稀に起こるらしいのですが、マーカー団長は体の成長が10代前半で止まってしまったそうでして。」
組合長さんは昔を思い出すように目を細めた。
「初めて組合に独りで入ってきたときは、中学生の女の子が迷い込んできたのかと思いました。」
「女の子、ですか。」
「ブレイカーくんなんて、女の子と間違えてナンパして焦がされていましたね。」
最近知った、魔術師団副団長の名前を思い出す。
ゼノン・ジュート・ブレイカー、ディックの亡くなった叔父だ。
「そういえば最近、ブレイカーくんの甥ごさんにも会いました。彼もダリアと言っていましたがご存知ですか?」
「彼が組合に?」
エリオスが驚いた声を上げた。
ディック・メイビス・ブレイカーは今年入学したばかりの1年生だ。
「ご存知でしたか。ええ、あの若さで登録するなんて、彼も逸材ですね。」
うんうんと組合長は満足そうに頷く。
「最近の魔術師はやる気が低い者が多くて‥。彼はレベルを上げたいと、毎週依頼をこなしています。」
組合長は壁に飾られた集合写真に目を向けた。
「不安な時代でしたが、魔術師の熱気に満ちた時代でもありましたな‥。」
『聖戦』の前と後。
魔王のいた世界と、いない世界。
「わたしはマーカー団長に心酔していたもので‥彼のお嬢様とお話しができて嬉しいかぎりです。」
「わたしこそありがとうございます。」
「それではお気をつけて、行ってらっしゃいませ。」