1年生5月:模擬戦(4)
わたしはグラウンドでベリアルたちの救出作業を待ちながら、ゲームイベントを出来る限り思い出そうとしていた。
『初めての魔物討伐』
ヒロインが初めて模擬戦に参加するが、魔物に怯えて膨大な魔力を暴走させてしまい、『聖女』の疑いをかけられるイベント。
攻略キャラとの好感度、ヒロインのパラメーターにより展開が分岐する。
ベリアルルート:ベリアルが暴走した魔力を押さえ込みヒロインを助ける
エリオスルート:事故後の事情聴取でヒロインを庇う
ファンルート:夜、部屋にお見舞いの花が届く
勇者ルート:ヒロインが自力魔力の暴走を押さえ込む
(ヒロインのパラメーターが一定値以上で攻略キャラの好感度が低い場合出現)
基本はRPGゲームなので、ひたすらレベルを上げてひとりで魔王を倒す勇者ルートもあるけど、必要なパラメーターが異様に高い。
普通にプレイしていれば、その時好感度が1番高いキャラのイベントが発生する。
『ダリア魔法学園物語』では、ステータスで好感度がチェックできず、プレイヤーは発生したイベントで好感度の進み具合を判断するしかない。
そして、一度クリアした後の2周目で出現するルートがある。
ディックルート:中等部3年生が模擬戦を見学、危機に瀕したヒロインをディックが助ける
キャサリンルート:ヒロインと攻略キャラとの関係に嫉妬心を募らせたキャサリンが暴走し、魔族に堕ちていく裏ルート。魔王と結託し、攻略難易度が格段に上がる鬼ルートだが、1周目のパラメーターを引き継いでいるため、魔法やレベルを極めたい人におすすめ。
だけど現実では、クリアしてからの2周目なんてありえない。
‥だからなの‥?
わたしが狙っていたのは勇者ルート。
この1ヶ月、特に攻略キャラと絡まずにひたすら魔法の修行や勉強に時間を費やした。
‥けど、思うようにレベルは上がらず、まだレベル5のまま。
勇者ルートに入れず、好感度も上げていなかったから、キャサリンルートに入ったっぽい。
「わたしのレベルが足りていれば‥。」
レナードとヨセフが氷漬けになる展開は避けられたはず。
ベリアルが炎の魔法で端から氷を溶かしていて、もう少しでヨセフが救出されそうだった。
救命救急講習会で、心停止から3分が勝負だと教わった。
3分以内なら、脳細胞へのダメージが最小限で済むと。
「ヨセフ、目を開けろー!」
ベリアルがなんとかヨセフを氷の中から引っ張りだした。
グラウンドに横たえられたヨセフの顔色は真っ青で、唇が青紫色になっていた。
まだ3分過ぎていないはず。
わたしはヨセフに駆け寄ると動かない胸に両手を乗せ、『蘇生』を発動する。
金色の光がヨセフの全身を包み、それはまた胸のあたりに収束していく。
お願い、心臓動いて!
「ごほっ!」
ヨセフが咳こみ、意識が戻った。
「寒い‥。」
ヨセフの全身はずぶ濡れで、手足も冷えきっていた。
「誰かヨセフの体を温めてあげて。俺はレナードに行く。アリス。」
「はい!」
「レナードに行くぞ!」
ベリアルはわたしを抱き寄せると、『飛行』を唱えた。
わたしごと、ベリアルの体が浮かぶ。
「!!!」
「すぐだからじっとしてて。」
魔法で飛ぶなんて初めてで、ベリアルの言葉にこくこく頷く。
ベリアルはスムーズに氷の上まで垂直に上がると、中心のハンス先生に向かって水平に進んだ。
「滑るから気をつけて。」
そっと氷の上に足をつけたけど、確かにスケートリンクに普通の靴で立つような感じで心もとない。
ハンス先生は四つん這いになって、氷の中を探っていた。
「ヨセフは助けました。」
「助かった。オマールはこの下だが、倒れこんでいるようで1メートル以上溶かさないとたどり着けない。」
「あと何人か連れてきますか?」
「いや、この規模に対処できる者は‥。」
ハンス先生の表情が厳しくなる。
「俺がやる。」
上から『飛行』で降りてきたのはディックだった。
「炎で対抗するより、水に戻す方が早い。ここの位置?」
ハンス先生の隣で四つん這いになり、レナードの位置を確かめる。
「2メートル四方で水に還すから、彼を引き上げて。」
それだけで通じたのか、ハンス先生が離れる。
それにならってベリアルとわたしも後ろに下がった。
ディックは氷の上にうつ伏せになり、両手を広げて、
「水の精霊よ、我の声に応えよー『融解』。」
パシャンと水の弾ける音がして、ディックの姿が水に沈んだ。
氷をくりぬいたように、そこだけプールになってしまっている。
すぐにベリアルが飛び込み、底の方からレナードを引き上げた。
「アリス!」
どうか、間に合って!
「『蘇生』!」