2年生7月:誘導
ウォール公爵家は王国一、二を争う『財閥貴族』だ。
あらゆる業界に進出し、王都のかなりの店に出資している。
ただ公爵夫妻は派手で飽きっぽく、ベリアルが後始末をすることもままあった。
このカフェ『白壁の家』も、公爵が気まぐれで買ってほったらかし、潰れかけたのをエリオスがコンサルタントしたもの。
「『メイドカフェ』ってこういう趣味をお持ちだったんですね。」
アリスのツンとした台詞がヤキモチに聞こえて表情が緩む。
「ただの仕事ですよ。別にメイド趣味はありません。」
「じゃあなんでこんな短いスカート、」
「そう、子爵令嬢がそんなに足を出しちゃダメでしょう。」
エリオスがここに来たのは偶然で、今日はアリスをつけてきたわけではない。
だが部屋に入ってきたアリスの無防備な太ももを見て無性に苛立ち、これからはきっちり監視しようと気持ちを引き締めたところだ。
「すみません。」
エリオスの言いがかりに謝ってしまうところがアリスらしい。
「あの、祖父には秘密にしてもらえませんか。」
「もちろん。貴女との『秘密』が増えるのは大歓迎です。」
(貴女への『秘密』もね。)
例えば贈ったピアスにGPS機能を追加していることとか。
アリスを招いた王都の隠れ家は、内部にも防犯カメラが設置されていることとか。
防犯カメラの映像は録画されていて、『消去』された記憶を確認済みなこととか。
「お金が必要なら、このようなアルバイトではなく『組合』で仕事を受けたらどうですか?」
討伐実習に参加できるレベルなら、『組合』に冒険者登録をして依頼を受けることができる。
「お金はそんなに‥。」
「レベル上げにもなりますしね。」
魔王復活が聖女の秘密なら、『騎士』の役目は一択だ。
(魔王を封印したマーカー魔術師団長のレベルは62だった。)
まずはレベルを上げる。
これは聖女も騎士もマストだと予想して投げた追い討ちの一言。
「そうなんですか?!」
アリスの食いつきに、エリオスは予想を確信に変える。
「ええ、ダンジョンより依頼の方が内容を選べる分、効率がいいですね。」
「依頼って一人でも受けられますか?」
「最初は慣れた人とパーティーを組んだ方がいいです。」
思惑通り、とエリオスは台詞を続ける。
「アリスがよければ、これから一緒に『組合』に行ってみませんか?」
「これからですか?! 今日は祖父と話があって‥。」
「それならマーカー子爵邸に送りますよ。子爵にあらかじめお話しした方がいいでしょう。」
「えっ、えっ?」
エリオスが手元のベルを鳴らすとすぐに店長が現れる。
「馬車を呼んでください。打ち合わせの日程はまた連絡します。」
「承知しました。」
「イマリ・カンザスに友人は帰ったと伝えて。アルバイトは彼女が望むなら採用してください。」
「はい、そうします。」
「さあアリス、着替えましょうか。」
そしてアリスが口を挟む間もなく、エリオスと二人で馬車に乗せられて、マーカー子爵邸に向かうことになる。
「なんだかいつも丸め込まれてませんか‥?」
「いつだって貴女の気持ちを大切にしていますよ。」
エリオスからすると、単純なアリスの行動をコントロールするのは簡単なこと。
「イヤならそう言ってくださいね。」
耳元で囁くと、すぐ首まで真っ赤になってしまって可愛らしい。
「エリオス先輩を嫌だなんてことは‥。」
「では好き?」
(固まったか‥。)
答えに窮したアリスのこめかみに軽くキスをおとしたところで、馬車がマーカー子爵邸に到着した。
「おじいさま、ただいま戻りました。」
わたしが玄関を開けると、祖父と執事さんが出迎えてくれた。
「そちらは?」
「初めまして、マーカー子爵。ウォール公爵家のエリオス・J・ウォールと申します。」
祖父とエリオスが笑顔で握手をする。
「いろいろと君の噂は聞いています。将来有望な君がどうして孫と一緒に来られたのかな?」
「まだ子爵が想像されているようなことでは。」
「‥まあ、座って話そう。」
応接間に案内され、執事さんが人数分の紅茶を準備してくれた。
「それで、どういう話かな。」
わたしは前もって祖父に『聞きたいことがあるから帰る』と伝えていたのだけど、それと風向きが変わってしまった。
まずは『組合』登録の話をしないと。
「わたし、『組合』に登録して依頼を受けたいんです。」
「アリス、レベルはいくつになった?」
「26です。」
「ギリギリか‥それで依頼は難しいだろう。」
『組合』登録はレベル25からだ。
「自分がサポートします。」
エリオスは胸元から金色のチェーンを引っ張り出してプレートを祖父に見せた。
「レベル40以上、優秀だな。」
「恐れ入ります。」
「‥‥‥。」
祖父は少しの間エリオスを見つめていた。
「わかった、登録を認めよう。」
「おじいさま、ありがとうございます!」
「元々、わたしの許可がいるものでもないだろう。」
祖父が紅茶に手を伸ばし、わたしたちもつられた。
「話はそれだけか?」
「ええと‥。」
わたしはエリオスに聞かれるリスクを考える。
(公になっている情報だしいいか‥。)
「あの、わたしに『封魔の杭』を見せていただけませんか?」
祖父はわたしの申し出に首を横に振った。
「あれは王家に献上してしまって、ここにはないんだ。」