2年生7月:バイト
大通りから少し入ったところにある建物の2階、淡い木目の扉を開けるとチリンチリンと来客のベルが鳴り。
「お帰りなさいませ、ご主人様~。」
きゃぴった声でお決まりの台詞が唱和される。
カフェ『白壁の家』は、太ももがバッチリ露になるあざといメイド服でのおもてなしが口コミで広がり、完全会員制、一見さんお断りと、王都で一番予約が取れない店になっている。
「5番テーブルのオムライス、あがったよ。」
「はーいっ。」
短いスカートでパタパタ働くメイドさんの後ろ姿を、客席からいくつもの視線が追う。
「わたし、ちょっと無理かも‥。」
「えー、可愛いよ? 大丈夫だって。」
「こんな短かったら見えちゃうでしょ!」
「見せ用の下着だから平気だってば。」
イマリがくるっと回ってみせると、レースでフリフリに飾られた白のショーツがチラ見えした。
「‥やっぱりムリ。」
「せっかく時給いいのに。」
夏休みに彼氏と旅行に行くためにカフェでアルバイトを始めるからアリスもどう、と土曜日の朝からイマリに誘われて一緒に来てみたものの。
まずは体験入店と店長さんから渡された制服は萌え系のメイド服一式。
この世界で何人かメイドさんと会ったけど、こんなフリルのエプロンや短いスカートを着ている人はいなかった。
「ここ絶対『メイドカフェ』じゃないの‥。」
前世のテレビで見たメイドカフェとしか思えない。
一応着てみたけれど、この衣装で働くとか恥ずかしくて無理!
「じゃあわたし体験してくるから、アリスはどうする?」
「店長さんに謝ってくる。」
店長さんからは、この店に不向きな人を雇うつもりはないから、無理に接客しなくていいと言われている。
「そう、また後でね。」
イマリと更衣室で別れて、わたしは店長室へ向かった。
トントン、とノックすると『ちょっと待って』としばらく間が空いて扉が開く。
「ああ、君か。」
まだ若い店長さんはわたしをドアの外に立たせたままにする。
「何か先約がありましたか?」
部屋の中から別の男の人の声がした。
「いえオーナー、バイト募集に来た子です。」
「面接ですか。それなら中に入ってもらって構いませんよ。」
知っている声?
中の声に促されるまま、店長さんはわたしを部屋に招き入れた。
ソファーに座って書類を手に見ていた、オーナーと呼ばれた男の人が目線を上げる。
「‥これはアリス、偶然ですね。」
(ああ‥。)
こんな日本のメイドカフェを再現できる人が他にいるわけなかった。
エリオスが優しい栗色の髪をかきあげて立ち上がる。
「店長、打ち合わせを明日に変更して、これから1時間ほど外してくれますか?」
優しい言い方なのに、お願いではなく命令にしか聞こえない。
扉に近づくと店長を部屋から追い出し、そのまま鍵をカチャリと閉めた。
「えっと‥。」
「それでは、面接をしましょうか?」
すすっと向かい側のソファーに座らさせてしまい、わたしは沈みこむ腰からスカートを引っ張り上げて整える。
(こんなに短いスカートで座ったら‥。)
恥ずかしくて、余裕で前に座るエリオスの顔が見れない。
「ほら、面接ですからちゃんとこっちを見てください。」
長い指がわたしの顎にかかる。
ぐっと顔を寄せられて、次の瞬間にはキスされていた。
(んっ‥!)
柔らかなソファーにわたしの身体が押し込められる。
(ちょっと、これマズイ!)
いつの間にか上から迫ってきたエリオスが、わたしの首筋を指でそっとなぞった。
「セクハラですっ!」
彼の胸を押すと唇が離れたけれど、エリオスの身体の重さはそのまま、耳元で優しく囁く。
「イヤならそう言って?」
切ない声が背中を走り抜けて、つい反抗の力が弛んだ。
エリオスの温もりに沈む心地よさがわたしの思考を溶かす。
「ホントに先輩はズルいです‥。」
「貴女ほどでは。」
深く息を吐き、エリオスが身体を離す。
「最近構ってくれなかったこと、これでチャラにしてあげましょう。」
相変わらず余裕たっぷりのエリオス・J・ウォールの微笑みが、怖いくらい美しかった。