2年生6月:修学旅行(10)
『ジャスの簪を見つけてくれ。』
それは何度も、海皇がわたしに頼んだ言葉。
華奢な飾りが揺れる緻密な模様の美しい簪は、『封魔の杭』という呼び名がまるで似合わない。
(ーもしかしてこれが海皇さまの?)
『ジャスとの、大切な想い出だ。』
海皇の館でだけ、父は自分らしくいられたと。
魔術師の自分を嫌っていたと。
迷いながら戦場に戻っていったと。
(お父さん‥。)
魔術師としてこれ以上ないくらい華々しい経歴。
150年も暴れた魔王をとうとう封じ込めた奇跡の英雄。
もう一度1階に降りて、最後の写真を見つめる。
どんな気持ちで、聖都に向かったの?
100人の命を預かって魔王軍に挑んで。
自分の運命に立ち向かって、
死んでしまった。
「あなたと話してみたかった。」
わたしも迷うことばかり。
魔王を倒すために何をしたらいいですか?
わたしは聖女として、みんなを守ることができますか?
こうして無事に‥とは言いきれないけれど、2泊3日の修学旅行が終わった。
聖都から帰る幌馬車で黙りこんでしまったわたしに、リリカが何も聞かずに隣に座っていてくれたのがありがたかった。
「報告は以上です。」
「‥‥‥。」
「学園長?」
「‥ちょっと考えさせて。」
ファンから受け取った修学旅行の報告書をめくり、学園長は対応すべきことをピックアップする。
「なによりも、セドリック殿下が問題か。」
前回の討伐実習で懲りたのか、今回の修学旅行では事前に護衛官の同行が王家から正式に申し込まれた。
第三者が張りつけば聖女に手出しはできないだろうという計算もあった。
しかし‥。
「彼の行動は『ダリア魔法学園』の理念に合わない。」
金にものを言わせて従者をいたぶるなど言語道断。
正式に抗議を申し込むことも考えたが、肝心のセドリックがそれを覚えていなかった。
「『消去』の発動か‥。」
魔法を受けたセドリックが目覚めたのは夕方近くになってだった。
意識を失う15分ほど前からの記憶が消えていて、これは魔属性魔法『消去』の効果と考えられた。
問題は、聖女が魔属性魔法を使ったということ。
相反する属性の魔法を両方使える者は非常に稀だ。
火系と水系を同時に使える魔術師は、それだけで希少扱いされる。
「聖と魔の二極使いなんてありえない!」
「ありえない?」
「ああ。」
ファンの疑問を学園長は瞬殺した。
火と水は相性が悪いとはいえ正反対の存在ではなく、相乗することが理論上可能だ。
事実、マーカー魔術師団長は4大精霊魔術を使いこなした『四大魔法使徒』だった。
しかし『聖』と『魔』は光と影、プラスとマイナス。
一人の人間が両方を使い分けるのは不可能なこと。
「『左手の封印』も初耳だぞ‥。」
「それは何が問題なんですか?」
「彼女の魔法が、本来の力を発揮できていない可能性がある。」
「‥は?」
アリスの力はそもそも鑑定不能なほど強大なものだ。
わかるのは本人のレベルと、レベル5の魔法まで。
基本のMP量が視れないなんて、前代未聞の量を保有しているということ。
死人を生き返らせる『復活』の情報を得ようと、大神殿がむきになって鑑定を仕掛けたけれど徒労に終わった。
「『復活』よりまだ凄い魔法が使える?」
「その可能性もある、ということだ。」
「‥それは‥。」
ファンは2日目の夜、薄暗い川べりにしゃがみこんでいたアリスの背中を思い出す。
連れ戻したほうがいいかと迷っているうちにベリアルが合流したので見守りを続けたが、どこか様子がおかしかったような気がした。
大魔法使いというには華奢な背中に、アリスはなにを背負っているのだろう。
「お前はこのまま、A組の補助担任に就ける。」
「ーはい。」
「ただクラレール先生の手前、ミス・マーカーの担当とは言えない。セドリック殿下の対応要員のかたちをとるから、これ以上殿下が余計なことをしないよう張り付いててくれ。」
「‥わかりました。」
「他になにか聖女について気になることは?」
「ひとつ、確認を。」
「なんだ。」
「学園長の目的は? 聖女に何を望むのですか。」
学園長はアリスの報告書を閉じ、壁に掲げられた学園旗を見つめる。
「‥彼女がこの『ダリア魔法学園』で自分の道を見つけることだよ。」
それが、聖女ダリアの願いだったのだから。