2年生6月:修学旅行(9)
修学旅行最終日、わたしたちは神山で朝食を済ませると、そのまま下山して『聖都』に移動した。
ガラガラと馬車に揺られながら外を見ると、聖都はその手前から石ばかりの荒野になっていた。
魔王軍は拠点の魔谷から聖都までの街を滅ぼし、経路上にあった全てを灰と化しながら聖都へ侵攻した。
住民が退避した街を蹂躙して最奥部の大神殿へ攻めこみ、そこが王国軍との最後の戦場となる。
ジャスパー・イオス・マーカー魔術師団長が率いる王国軍100名は、1000体からなる魔王軍を駆逐し、魔王を封印することに成功した。
旧大神殿を囲む3kmの塀は16年後の今も固く閉じられている。
「ダリア魔法学園のみなさん、お揃いですか?」
若い女性の案内で、旧大神殿の門扉がぎぎぃと音をたてて内側へ開かれる。
わたしたちの目の前に現れたのは、真っ赤な砂漠だった。
ここまでの灰色とは違う、色鮮やかな赤の世界。
「数的に圧倒的不利だった王国軍は、この大神殿に入念な罠を仕掛けて待ち受けました。」
指し示された塀には、呪文の刻まれた魔鋼のプレートが掲げられていた。
「これは魔物に効果的な広範囲攻撃魔法を発動させるものです。魔王軍はその9割以上が魔物で構成されていて、このような魔法がとても有効でした。」
その結果‥と彼女は赤い大地に目を落とす。
「1000体もの魔物がここで倒され、その血で大地は真っ赤に染まってしまいました。」
この空間ぎっしりに倒れた魔物の死骸が脳裏に浮かんだ。
なんとなく血の臭いがするような気がして、みんなの表情が曇る。
「しかし4人の魔人と魔王に立ち向かった100名の王国軍も、残念なことにこの場で散ってしまいます。」
5人vs100人の戦い。
それでようやく魔王軍を止めることができたという事実。
「それではみなさん、資料館へお進みください。」
赤い広場の一角にある、2階建てのレンガ造りの建物に案内される。
中にはたくさんの写真や衣服が展示されていた。
聖戦で散った100名と、それまでの戦いに身を捧げた人たち、犠牲になった住民の記録‥。
慰霊碑の大勢の名前の一番下に、父の名前があった。
対魔王戦最後の犠牲者。
「ちょっと一人で見て回っていいかしら?」
イマリたちは『ええ』と頷いてくれた。
『聖都出立前の写真』
100名全員で写った集合写真が、そのまま遺影になっていた。
真ん中に写っている父と、その隣で父の肩に手を回している青年。
彼の笑顔につられたのか、父もなんとなく笑っているように見えた。
父は写真が嫌いで、集合写真以外は残っていないということだった。
集合写真でも固い表情ばかりで、笑顔の写真は珍しい。
(この隣の人は‥。)
解説を見ると、『ゼノン・ジュート・ブレイカー副団長』とあった。
水魔法の権威、ブレイカー伯爵家の次男でマーカー師団長の片腕。
(ディックの亡くなった叔父さんだわ。)
ディックと初めて会ったとき、叔父がお世話になったからと挨拶された。
解説の続きには、『口下手な師団長を支えて団の統率に貢献した、師団長の数少ない理解者。』と記されている。
(‥お父さんって、人付き合い苦手だったのかな。)
父の解説に並べられた経歴は凄まじいもので、ローズ魔法学園主席、最年少魔術師団長就任、単発魔法による討伐記録保持、年間討伐記録保持、史上3人目の『四大魔法使徒』と、とにかく攻撃魔法の天才だったみたい。
淡々と仕事を片付けていく、職人気質な人が思い浮かぶ。
隣のブースには父の最後の衣装が復元されていた。
魔術師団のスーツは紫、騎士団のスーツはグレーを基本にしていて、ローブや手袋、ブーツは個人のアレンジになる。
父は防御力の高い魔鋼を織りこんだハイネックの黒のインナーの上にスーツを着て、黒のグローブとローブを着用するかなり防御力重視の装備だった。
装備一式を着せられた無表情のマネキン。
‥父の亡骸はひどく焼け焦げていたらしい。
黒焦げの手に、真っ二つに割れた魔王の魔核が握りしめられていたと。
その魔核のレプリカが2階の中央に展示されていた。
大人の拳くらいの、黒い水晶のような、光の加減では紫にも見える艶っとした球体。
高位の魔物が体内に有する心臓的機関ー魔核。
写真と共に並べられたレプリカは、割れた断面の模様も忠実に再現されていた。
2つをくっつけて丸い状態にした想像のレプリカも並んでいる。
「これが魔王の『魔核』‥。」
魔核を破壊すると砂のように砕けて散ってしまうのに、魔王の魔核は割れてもその形を失わなかった。
だから魔王は『封じられた』といわれ、いつか残った魔核から復活すると恐れられている。
『本物の魔核は魔術師団本部で厳重に封じている』
‥これが本当なら、どうして魔王は『ダリア魔法学園』で復活するの?
考えにふけっていて、隣に飾られていたそれに気づくのが遅れた。
魔王の魔核を割った魔道具、通称『封魔の杭』。
『マーカー魔術師団長が入手したレアアイテムで、本人の記録が残っていないため製造方法、名称ともに不明。
ここに飾られているのは忠実なレプリカで、本物は遺品としてマーカー子爵家に返却された。』
それは先の尖った反対側に碧い飾り玉や花のモチーフがぶら下がった、美しい銀の簪だった。