1年生5月:模擬戦(3)
「馬鹿、下がれ!」
強く腕を引かれて、キャサリンは引きずられるように班のメンバーのところへ戻った。
魔法陣から現れた3体のオークは、斧を構えながらじりじりとキャサリンたちの方に近づいてくる。
「どうして、こんな、こんな‥。」
キャサリンは親指の爪を噛みながら苛立ちをつぶやくばかりだ。
「パパにだって叱られたことないのに、なんで先生なんかに‥。」
ローズ魔法学園中等部ではいつも学年トップだった。
先生たちもクラスメイトも、キャサリンはすごいねって。
パパの自慢の娘だよって。
キャシーのためなら、パパはどんなことでもしてあげるよ。
そこらへんの貴族より、アーチャー家の力の方が強い。
財力はいうまでもなく、それに附随する権力も。
キャサリンの付けているアクセサリーは、父親が買い集めたかなり高位のマジックアイテムだった。
魔力量の増大、魔力回復、魔力感知力の強化、魔法攻撃力、防御力の大幅アップ。
それらのアイテムが、アリーナの中で全て機能を停止した。
入口に集合したときに違和感があった。
座席で確認したけれど、どれも起動しなかった。
このままだと、寮から持ってきた対オーク用のマジックアイテムも使えない可能性が高い。
オーク3匹くらい楽勝なはずだったのに。
魔法陣の前に一人で立つのがこんなにも怖いなんて。
「足止めするぞ、10分もてばいい。」
レナードがメンバーに指示を出す。
1班をキャサリンが仕切ることを、中等部から一緒のレナードはまあいいかと放置していた。
キャサリン・アーチャーの実力は、確かに底上げもあったけれど中等部時代に勝てたことがなかった。
権力も強さのうちと、彼女のワガママに目をつぶってきた。
そのツケが回ってきたわけだ。
レナード・ダイス・オマールはオーク3匹を前に腹をくくる。
メンバーのポール・クロス・エドウィンは幼馴染みの同じ貧乏貴族で、連携しやすい気のいい奴だ。
ヨセフ・イーゼフの雷系魔法は攻撃に特化している。
(10分、なんとかして持ちこたえる。)
「ヨセフは雷撃をオークの頭部に集中させて。ポールは俺たちに身体強化と、間をみて体力回復かけて。」
「了解。」
「レナードは?」
「1匹拘束する。」
レナードは地面に両手を胸の前で合わせて呪文を唱える。
「母なる大地よ、盟約によりその手を伸ばせ!」
両手を地面につくと、大量の土が両腕を這い上がり、レナードの体を覆っていく。
「『土偶装甲』。」
「おおっと1班レナード・ダイス・オマール、土系魔法で自らゴーレムとなったー! これは珍しい魔法だー。」
ハンスが楽しそうに煽る。
「この状況から体勢を戻すとは、1班、なかなかのメンタル強者ー!」
ゴーレムと化したレナードは、1番前を進んでいたオークに力任せのタックルをぶつけた。
「ぐがぁっ!」
1匹がぶっ飛ばされて魔方陣の上に倒れる。
斧が座席の方に飛んだが、結界に跳ね返されてグラウンドに転がった。
「キャサリン、今だ!」
キャサリンはレナードの声に反応しなかった。
ただぶつぶつと、自分の世界に入ってしまっている。
「キャサリン!」
後衛のポールがキャサリンの肩を揺らす。
「しっかりしなよ! 」
「ポール、逃げろ!」
ヨセフの叫びにポールがオークの方を見ると、押さえきれない1匹が向かってきている。
「あー、これまでかなー。」
ハンスが模擬戦を止めようと、召喚解除の術式を組み始めるが。
「こんなの、絶対認めないんだからぁ!!」
キャサリンが魔方陣に向けて青い球体のマジックアイテムを放り投げた。
「『召喚解除』。」
「『絶対零度』。」
アリーナは建設時より魔方陣を組み込まれていて、いくつかの結界を発生したり、マジックアイテムの妨害機能が設定されている。
客席の安全や試合の妨害対策のためなのだが、魔物の召喚解除の瞬間、還る魔力の干渉でほんの1秒ほど、アリーナの結界機能が停止する。
それは氷結の爆弾。
着弾すると半径10メートルを一瞬で厚い氷で覆い、範囲内の生命体を氷漬けにする、強力で高価なマジックアイテム。
「レナード! ヨセフー!!」
ポールの絶叫が響いた。
「くそったれ!」
ハンスがコンソールを殴り付ける。
「火系の魔法を使える者は降りて救出を手伝ってくれ! 補助、治癒系も下で待機、後の者は中等部の先生の指示に従い上で待機!」
グラウンドの中央に出現した、半径10メートル、高さ2メートルの氷の塊。
魔方陣の近くで戦っていた2人は、氷の内側に閉じ込められていた。
「エドウィン、ポール・クロス・エドウィン、無事か?」
「僕とミス・アーチャーは無事です。」
「2人の位置は?」
「ヨセフは近いですが、レナードは円の中心部です‥。」
「わかった、僕がオマールの方に向かう。ランス!」
「はいっ。」
「ヨセフ・イーゼフの救出を頼む。多少の火傷は構わない、時間勝負だ!」
ベリアルに指示を出すと、ハンスは『飛行』の魔法で氷の上に飛び上がり、レナード・ダイス・オマールの救出に向かう。
「キャサリン‥。」
グラウンドの隅で立ちつくすキャサリンの手を、リリカがそっと覆った。
「こっちで休みましょう?」
「リリカ‥。」
言われるまま座席に上がり、みんなと離れた席に座る。
「わたし、こんなつもりじゃ‥。」
俯いて両手で顔を覆う。
キャサリンの答えにリリカはほっとした。
状況はわかっているらしい。
「あの魔法を解除する方法はないの?」
キャサリンはゆるゆると首を横に振る。
完成した魔法の解除は難しい。
爆破してしまうのが定石だが、2人が死んでしまう。
「地道に溶かすしかないのね。」
こくん、とキャサリンが頷く。
「キャサリン、一緒に祈りましょう‥みんなが助けてくれることを‥」