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2年生6月:修学旅行(2)

「アリス、食べないの?」

「え? あ、そうね。」

夕飯はビュッフェ形式で、イマリたちはもうデザートを選んできていた。

「疲れちゃった?」

あまり食が進まないわたしを、イマリが心配してくれる。


視野が狭い。

ファンさんに言われた言葉を、昼からずっと考えていた。


(わたし、正面突破しかできないし‥。)


自分の右拳をじっと見つめる。


「早めにコテージに戻ろうか?」

「ありがとう、でも大丈夫だから。」

せっかくの修学旅行なんだから、みんなと楽しく盛り上がらないと!


(‥眠れない‥。)

ちょっと前まで4人ベッドに転がっておしゃべりをしていたけれど、3人とも眠りについてしまった。

まだ11時前だし、ちょっとくらいいいかな。

わたしはそっとコテージから出る。


「綺麗ー‥。」

コテージの階段に座って夜空を見上げると、キラキラと宝石のように星が輝いていた。

「こーいうの、凄いなぁ‥。」

前世の記憶が戻ってから、豊かな自然に目を惹かれる。

フォッグ・アイランドの農村で母と暮らしていたときは気づかなかったのに。


そんなことを考えていると、首筋のあたりがぞわっとした。


「誰?!」


背後からの殺気に立ち上がり、反射的に拳を握りしめて構えをとる。

コテージの陰から無言で現れた影はー


「‥ファンさん‥。」


わたしは肩から力を抜いた。

「ー何をしている。」

「すみません、眠れなくて‥。」

「そうか。」

ファンさんはわたしの隣に近づいてくると、一緒に階段に座った。


「昼は悪かった。言い方がきつかったな。」


(わたしのこと、気にしてくれたんだ‥。)

「いいえ、言ってもらえてありがたいです。」

素直に感謝の言葉が出た。

「わたし、ちょっとずれてるとこあるみたいで‥。」

前世の記憶があるからか、魔法を使えない期間が長かったからか、使える魔法が特殊だからか。

わたしはクラスのみんなより魔法への距離が遠い。

みんな学園や街中で気軽に魔法を使う。

遅刻しそうになったら、走るより『飛行フライ』で飛んでいく。


そこは走ろうよ、とか思っちゃうのが違うんだろう。

体育会系が染み付いてしまっている。


「俺は魔法が使えないんだ。」

「そうですね。」

ファンは攻略キャラの中で唯一、魔法が使えない。

魔力が魔法ではなく『技能スキル』で発現するタイプだ。

わたしの武闘技『聖拳突』も『技能スキル』の一種。


「お前に話したか?」

安易に相づちを入れたら怪訝そうにされてしまった。

「いえ、魔法じゃなくていつも短剣で戦ってるなって。」

「これか。」

ファンさんは腰のベルトから1本を引き抜いてみせる。

「これは魔力を増幅して魔物に流し込み、魔核コアに直接ダメージを与える。」

初めて近くで見たその剣は、魔鉱の柄に文字が刻まれ、銀水晶が飾られた精緻な細工がされていた。


「綺麗な短剣ですね。」

わたしは銀色の刃を指ですーっとなぞる。

「そうか?」

「ええ、何度も助けてもらいました。」

初めてクラーケンに襲われたとき、クララの触手を切ってわたしを助けてくれたのはファンさんだった。


「お前はトラブルに遭いすぎだ。」

「そうですか?」

「クラーケン、魔人『憤怒アンガー』、遭難、魔人『悲哀サッド』、失踪に海皇‥。」

ファンさんが指折り数えていく。


「いろいろありましたね‥。」

恋愛シミュレーションゲームのはずなのに、わたし戦いすぎ?


そんなことを思っていると、ファンさんの肩が、とん、とわたしの肩に触れた。


「お前が『聖女』だからか?」


ファンさんがまっすぐわたしを見つめる。

ほのかな光に浮かび上がる紫の瞳は、獲物を狙う獣のようにわたしを捕らえる。


「『聖女の騎士』とは何だ?』


二人目の聖女の騎士『フレッド・ファン・ウッド』。


騎士になっていないと、復活した魔王との戦いでパーティーを組むことができない。

騎士の認定は、好感度が一定値をクリアし、認定イベント『キス』が必要だ。


(あれ‥?)

疑問がそのまま言葉に出ていた。

「わたしたちってキスしました?」


「ーはぁ?」

ファンさんが気の抜けた声を上げた。

「何の話だ。」

「だってキスをしないと『騎士』になることはなくて。」

「『騎士』が付いたのは魔人サッド騒動のときだが‥。」

あのとき、猛毒の煙に襲われてわたしは瀕死、ディックは一度死んでしまった。

瀕死のわたしを助けてくれたのはー。


「毒消しか‥。」

思い出したファンさんが眉間を押さえる。

毒消しの薬を、わたしに口移しで飲ませたことを。


「あの、『騎士』のことは気にしないでください。」

魔王は必ず倒す。

できれば、聖女単騎で魔王に挑む『勇者ルート』で。

「ファンさんに迷惑をかけないように頑張りますから。」


「そういうことじゃない。」

わたしの宣言に、ファンさんはなぜか頭を抱えてしまう。

「いや、‥もう、部屋に戻ったらどうだ。」

ファンさんが先に立ち上がり、わたしに手を伸ばす。

「はい‥。」

重ねた手をファンさんが力強く引いた。

ぐいっと引かれて、彼のほうにバランスが傾く。

反対の手がわたしの頭に添えられて。


荒々しく、唇が重なる。


(んんっ‥!)


強引に唇が割られ、彼の熱が口の中をむさぼる。


(食べ、られるー。)


背中をなぞる大きな手。

全身がすっぽりと彼の腕の中に閉じ込められて逃げられない。


彼の体温に侵食されて、わたしの境目がわからなくなる。


「はぁっ‥、」


「あんなのがキスと思われるのは心外だ。」

ようやく解き放たれたわたしの耳元で彼が囁いた。


彼はコテージの扉を開け、ふわふわっとしたわたしを部屋の中に押し込めて。


「おやすみ、アリス。」


カチャリ、と鍵が閉められた。


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