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2年生6月:家族

土曜日の夕方、わたしたちはもうこれ以上無理ってくらい満腹で『S'sキッチン』を出た。

「すっごい美味しかった~!」

「あんなにやわらかく煮込んだお肉、初めて食べたわ~。」

わたしより美味しいものを食べなれているリリカも、スーザンのお父さんの料理を絶賛している。

スーザンの17歳のバースディパーティーは、彼女の実家のレストラン『S'sキッチン』を貸し切って開かれた。

スーザンのご家族とお友達、お店の従業員さんたちで楽しく盛り上がって。

「スーザンの彼氏さん、大きい人だったわね。」

厨房のチーフだという彼は、二の腕ががっしりと逞しい、朗らかに笑う人だった。

「イマリも来れたらよかったのに。」

「ご家族の都合なら仕方ないわ。それじゃわたしは実家に帰るけど、アリスはどうするの?」

「わたしも今日はおじいさまに呼ばれているから、屋敷に泊まるわ。」

「じゃあ明日の夜、イマリへお土産を届けに‥。」

そこでリリカが言葉を止める。

「ねえ、あれ‥。」

リリカは通りの反対側の雑貨店の窓を指差した。

寄り添って何か小物を選んでいるカップル。

彼にとびきりの笑顔で話しかけている背の高い女の子は。

「イマリ、よね。」

わたしたちは黙って手を振って、それぞれ帰路についた。


「おじいさま、ただ今帰りました。」

リビングで新聞を読んでいる祖父が顔を上げた。

「ああ、お帰り。」

ソファに座っている祖父はラフなハーフパンツ姿で、左足の義足を外してくつろいでいる。

「あの‥おじいさま。」

「なんだね、アリス。」

「その、左足を治したいと思われませんか?」

(わたしの魔法なら治すことができるかもしれない。)

「ふむ‥。」

祖父は左足の先、太もものあたりをさする。

「これは、かつて相棒が私を助けてくれた証だ。」

わたしと同じ、ブルーグレーの瞳が優しい光を灯す。

「40年以上この足と生きてきて、それなりに満足しているよ。」

「‥失礼しました。」

「いや‥それより、大事な話があるんだ。」


改めて祖父の書斎で向かい合ってソファーに座る。

祖父は義足を付けて、わざわざスラックスに着替えていた。


「ダリアを辞めるわけにはいかないだろうか。」

「ーえ?」


わたしは思わず立ち上がっていた。

「おじいさまがわたしをダリアに入れたのでしょう!」

「それがお前を守ることだと信じたからだ。」

だが‥と祖父はわたしに頭を下げる。

「お前まで失うことは耐えられない。白濁湖ミルキー・レイクで待つ間、私は本当に怖かったんだ‥。」

「あれは‥。」

あのとき、祖父は学園長と一緒に白濁湖ミルキー・レイクに来ていた。

戻ったわたしを優しく迎えてくれて、抱きしめてくれた祖父。

学園まで戻る馬車の中でもそんなそぶりは見せなかった。


(失うことが怖い‥。)

わたしはひょっとして、祖父に愛されていたのだろうか。


「‥まだ学園でやらないといけないことがあります。」

背を正して、祖父の前に座り直す。

「わたしは、そのために戻ってきたんです。」


「‥そうか、ジャスと同じことを言うんだな。」

祖父はわたしの後ろに誰かを見ていた。

「明日はどうするんだ?」

「友人の家に寄ってから学園に戻ります。」

「わかった‥今日はゆっくり休みなさい。」



ランス公爵家は年ごろの息子3人の誰一人にも女っ気がなく、週末の夜だというのに全員がリビングに揃っている。

「素材は悪くないのに、どうしてかしらねぇ‥。」

公爵夫人の最近の悩みは、24歳の長男が山のような見合いの申し込みを全て蹴り飛ばして縁談が進まないことだ。

王国の重鎮を務めるランス公爵家、その子息たちも才覚を発揮していて、『公爵家は安泰ですな』なんて言われているけれど。

(次の跡取りの目処がたたないなんて‥。)

貴族である以上、結婚も、跡取りも当然の義務。

三兄弟が仲良く談笑している景色に、夫人は今夜何度目かのため息をついた。


「カイ兄、薬ありがとな。」

ベリアルは王宮に勤めている長兄カイトに、アリスの傷を消す薬のことを相談していた。

すぐに手に入ったと返事があり、2年生になって初めて実家に帰ってきたのだ。

久しぶりに兄弟が揃って話が弾む。

「あれな、今すごく在庫があるんだよ。バカ王妃が誰でも彼でも鞭で打つから。」

「ひどいらしいね、王妃の癇癪。」

次兄のマックスはまだ大学生だ。

「側室の息子の方が出来がいいからヒステリックになってるって噂だけど、そんな出来がいいのか?」

兄2人の視線がベリアルに向けられる。

「セドリック王子はもう騎士レベル30だし、わりと凄い方じゃないかな。」

「お前に怪我させるくらいの腕はあるってことだろ。」

先日の討伐実習の混戦状態で、誤ってセドリックの剣がベリアルに当たってしまったーとカイトに嘘の説明をしている。

「避けきれなかったベルがダサいんだよ。」

「まあマックス、そう言ってやるなよ、可愛い弟じゃないか。」

カイトとマックスは酒のグラスを鳴らし、一気にあおる。

「アニキたち、明日も休み?」

「おう、俺たちはとことん飲むぞ!」

「あっそ。明日俺の友達が来るから、家にいるなら静かにしててくれよな。」

「どーせディックだろ。」

「いや、女の子。」


は?と2人の兄はお互いに顔を見合せ、ベリアルの頭をもみくちゃにする。

「「お前、末っ子のくせに最近生意気なんだよ!」」

その夜は遅くまでランス公爵家に笑い声が響いていた。


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