2年生6月:日常
学園に戻る途中も、着いてからも、何も聴かれずに寮に戻された。
わたしが逆に気味が悪いほど。
寮にはハンス先生が外泊手続きをしていてくれて、昨日戻らなかったことは実習の都合ということになっていた。
「おはよー、アリス。」
「おはよぉ‥。」
「もー、今日から夏服なのにテンション低っ。」
「イマリが元気すぎよぉ。」
「だって夏服の方が可愛くない? スカートも短くしたのよ。」
登校途中、イマリがくるりと回ると、チェックのスカートが軽やかに広がる。
「早く彼に見せたいんでしょ。」
「ふふっ、褒めてくれるかなぁ。」
イマリの年下の彼はなかなかマメで、髪型やメイクのさりげない変化に気づいてくれるそう。
「お昼休みが楽しみ~。」
「はーい、みんなおっはよー。」
ハンス先生もシャツを半袖に変えて、ノーネクタイのクールビズ仕様。
わたしたち生徒のタイは学年別の色分けなので、夏服になってもリボンタイはマストだ。
ちなみに色は入学時の赤のまま、卒業まで変わらない。
「えー、今日も全員出席、と。」
わたしは斜め後ろに座るセドリック王子が気になって仕方ない。
ベリアルとも白濁湖から別々に戻されて何も話せていないのだけど、一昨日の事件も当然箝口令が敷かれていて教室で話すのはNG。
ハンス先生からも何も言われないし、説明が難しいから聴かれないほうがありがたいけれど。
(これはこれでモヤモヤするなぁ‥。)
「今月から専門講義が増えるので、各自カリキュラムを把握して移動忘れとかないようにね~。」
これまで午後だけだった属性別講義が午前中にも組み込まれるようになり、曜日によってはA組が揃うのは朝のホームルームだけだったりする。
「講義に3回遅刻すると修学旅行に連れていかないからねー。」
「ハンス先生ひで~。」
「毎年の定番フレーズだから文句は学園長にねー。」
誰かの抗議を聞き流し、ハンス先生は今月の時間割を配る。
「修学旅行の準備授業もあるからねー。じゃあ今月もみんな元気に頑張ろっかぁ。」
「今日のランチはハンバーグ~♪」
わたしは学食で大きく切った欠片にかぶりつく。
ジューシーな肉汁がとっても幸せ。
モヤモヤするときはお肉が一番!
「アリスさま、今度の日曜日ですけど、うちの店に来られませんかぁ?」
「えー、いいの?!」
わたしよりリリカの反応が早い。
「スーザンの実家って全然予約とれないのよ!」
「実はわたしの誕生日なんですぅ。それでよかったらみなさんをご紹介したいなぁって‥。」
遠慮がちなお誘いがスーザンらしい。
「ありがとう。もちろんお祝いにお伺いするわ。」
「イマリもよね?」
「ええ、彼氏さんもご一緒にと思ってるんですけど。」
イマリは彼氏とお昼ご飯を食べていて、わたしたちと最近は別行動が多い。
「寮に帰ってくるのも遅いしね‥明日の朝に聞いてみたら?」
「そうしますぅ。リリカさんも来てくださいますかぁ?」
「当然でしょ!」
午後からはスーザンと一緒に補助魔法の実技講義を受ける。
「ミス・マーカー、魔導力が上がりましたね。」
魔導力は魔力のコントロール力のことで、先生たちからとにかく修行するように言われている。
多分、去年に魔力暴走を起こしたせいじゃないかな。
「ありがとうございます!」
久しぶりに先生に褒められて嬉しい。
「ミス・サージェントも安定してていいですよ。ただもう少し魔力量がほしいですね。」
スーザンの補助魔法は安定性、持続性が高いのだけど、保有魔力量が平均より少ないのが悩み。
「せめて練度の向上を。体内デトックスも効果的ですよ。」
同じ魔法を繰り返し使うと、体が慣れるのか消費MPが減ることがある。
体内を浄化すると魔力のロスが減るのか、これもMP節減効果があって魔術師は痩せている人が多い。
そういえばスーザン、実技講義はお腹がすくからっていつもお昼を大盛りで食べてたような‥。
「はい、ダイエットしますぅ‥。」
答えたスーザンはちょっと涙目だった。
放課後は緑化委員会の当番で、花壇への水撒き。
水属性魔法を使える子は魔法でぱぱっと撒いてしまうけど、わたしは地味にホースで水をあげるしかない。
ホースの先や高さを工夫して、どこも同じようにきれいにできると、魔法とはまた違う達成感がある。
「ん~♪」
テンポよく水を撒いていると、後ろから声をかけられた。
「アリス、ちょっといい?」
「なに?」
無意識に身体ごと振り返ったわたしは。
「うわっ!」
手元にホースを持ったままで。
「ごめんなさいっ!」
水を直撃させてしまったベリアルにハンカチを、と慌ててホースを取り落とした結果。
「きゃあっ!」
わたしも跳ねたホースに直撃されて、頭からずぶ濡れになってしまった‥。